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その指と唇で
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6.終末

「そろそろ、一緒になりませんか?」


「え……」

私はグラスを持とうとした指を止めた。
今夜は仕事帰りに珍しく誠一に誘われて、何度か来たことのあるこのバーに来ていた。
「もう、考えてもいい頃だと思いませんか?」
彼の手が、グラスに伸ばしかけていた私の手へと重なる。
「……誠一さん…」
(それって……)

プロポーズだ、ということはさすがに分かる。

――― 誠一と、結婚………

育ちの良い彼。
敵を作らない人柄。
彼との結婚を反対する者なんてきっといないだろう。

高層ビルの上にあるこのバーから見える窓の向こうには、都心の夜景が広がっている。
見下ろす光からもっと焦点を近づけると、ガラスに映った誠一と私が目に入る。
触れ合った手を見つめる彼の表情は、柔らかく優しかった。

「……私なんかで、いいんでしょうか…」

心から出た言葉だった。
私には、誠一の知らない一面がある。
羞恥に燃えながら歪んだ快楽を飲み込む大きな暗い穴が、私の中にある。

「僕こそ、……僕に冬子さんは勿体ないぐらいの人だよ」
(どうして……)
喉が熱くなる。
自分がしている事への罪悪感が、誠一から出る一言一言を自らへ刺す針へと変えてしまう。

普段の私は、きちんと仕事をしていたし、周りの人へも誠実だったと思う。
目立つ方ではなかったが、真面目なのが唯一のとりえだとも思う。
誠一は、そんな私しか知らない。
歪んだ性癖を持つ私を、彼は知らない。
孝則との関係を、彼は気付いていない。
普通に抱かれるだけならまだしも オモチャのように扱われることを、私は悦びにしてしまう女なのに。

「私は、誠一さんの側にいられるだけでいいです」

それも本心から出た言葉だった。
彼を愛していた。
それなのに、孝則とあんな事をしてしまうどうしようもない自分がいた。
そしてそんな自分に対する嫌悪が、孝則との行為を更に高めていた。

――― 私は歪んでいる。

分かっているのに、自分ではどうしようもできなかった。
私のこんな黒さを見つけたのは、孝則だった。
彼と出会わなければ、こんな自分になってしまう事もなかった。
しかしそんな事を今更思ってみても、仕方がない。
見えてしまったものを、なかった事にはできないのだから。

誠一との交際を深めていく事が、大きな罪だという事は分かっていた。
自分勝手だという事が痛いほど分かっていても、自分から別れを切り出すのは考えられなかった。
本当は、黙って誠一の側から離れて行った方がいいのかもしれない。
そうすれば孝則と離れることにもなる。

誠一を失いたくない―――

その気持ちを捨てることができずに、私は曖昧な態度で彼に応え続けた。



早いクリスマスのイルミネーションが見降ろせる喫茶店で待ち合わせをした。
誠一はカバンから雑誌を取り出す。

「結婚式は、来年の6月頃がいいですよね」
「6月……素敵ね…」

既に状況は結婚へと動いていた。
誠一と会話をしている頭の裏側で、孝則のことを考える。
(孝則さんとは……)
もう関係を続けていけないだろうと感じていた。
続けてはいけないと思っていた。
私は自分自身に何度も言い聞かせた。
孝則との関係を、ハッキリさせないといけないと…。



年が変わる前に、何とか区切りをつけたいと思っていた。
久しぶりに、私は彼と会う約束をした。

予約したホテルに一度チェックインしてから、私たちはレストランへと向かう。
混雑し始めた時間帯で、フロアのほぼ中心に席を案内される。
赤い革で貼られた大きなメニューを、孝則と私は広げた。
足の間にある違和感で、私は足を組むことができず膝を合わせる事に気がいってしまう。
膝上のタイトスカートを履いていたから、膝を緩めるとスカートの中が見えてしまいそうだったからだ。
「冬子さん、…何が食べたいですか?クリスマスのメニューもありますけど」
「…そういうイベント的なものはやめて、他のものにしてください…」
私は上の空だったが、メニューを見ているふりをした。

孝則はボーイを呼んで適当にオーダーをする。
すぐに食器がセットし直され、磨かれたグラスが二つテーブルに置かれた。
ワインが運ばれてくると、孝則はボーイに注ぐように指示した。
注ぐ音を立てずに滑らかに、赤い液体がグラスへと流れていく。
私は体を緩く震わせる振動に、一瞬ビクリと固まった。

(あああ……)

私の股間にはリモコン式のローターがテープで貼られていた。
しっかりとクリトリスに当たるように固定され、テープで貼られた上からナプキンをしていた。
動かないようにショーツの上から更にガードルも履いていた。

…ユルユルと動くその振動が、今この場所での私の感覚の全てになってしまう。

私は孝則を見た。
「じゃあ、久しぶりに……乾杯」
彼は涼しい顔をしていたけれど、本当は心の内で微笑んでいるのが分かる。
私は仕方なくグラスを取って、彼の方へ差し出した。

(んっ……)

こんなに緩い振動でも、私を感じさせるには充分だった。
混雑したレストランのまんなかで、クリトリスを震わされている私がとても恥ずかしい。
私たち二人を見て、誰がこんな状態を想像できるだろうか。

ほどなく料理が運ばれてきた。
「ああ、美味しそうだ。冬子さん、食べましょう」
サラダと魚介にかかるソースは、バルサミコの香りがした。
普段なら素直に喜びたくなるほど、美しく盛り付けられた創作イタリアン料理が目の前にあった。
それでも私は、なかなかフォークに手が伸ばせない。
「冬子さん」
笑顔で私を見る彼のその眼の奥は、私に有無を言わせない強い輝きを放っていた。
私はいつもこの輝きに縛られてしまう。
静かに、強く熱く私を見つめる眼…。

食欲なんて、湧くわけがなかった。
それでも私は仕方なく料理に手をつける。
2皿目がテーブルに置かれようとした、その時だった。

――― ヴゥゥゥン…

聞こえないはずの音が、確かに聞こえたような気がした。
私を震わせる振動が強くなった。
孝則が、リモコンを操作したのだ。

「は……」

すぐ隣にはボーイが立っていて、半分空いたグラスにワインを入れている。
私は思わずあげてしまいそうになった声を、かみ殺した。

(あぁぁ……)

(ここが、とても弱いのに………)

閉じようと力を入れた膝のせいで、余計にその部分がしっかりとローターを挟み込んでしまう。
(あぁん、だめ…)
私はもじもじと足を動かした。
気を、他に逸らしたいのだ。

「飲みましょうよ、冬子さん」
冷淡な目で私を見つめながら、孝則はワインを飲んだ。
私自身を見物しながら、晩餐を楽しもうかというように。
「うっ……」
微妙に、少しずつ、振動が強くなっていた。
それに気付いたとき、私のそこはもう今にも達しそうに感じてしまっていた。

知らない誰かにじっと見られているというわけではなかった。
こんなに周りに人がいるのに、それぞれの人が自分達の世界に入っていた。
ボーイがお客の動きを気にしているぐらいだ。
それでも公のこの場所で、声を出してしまえば大変なことになる。

「はぁ……うぅ……」

私は顔を上げていられなくなる。
性器に挟まったローターの振動がクリトリスを震わせて、私の体中の感覚を狂わせる。
(あぁ……だめ……感じる…)

「く……ん、くぅっ…」

私はテーブルの下で、思わずスカートを握り締めた。
(だめっ……このままじゃ……こんなところで……)
イかされてしまう、と思った。
私は孝則を見た。

「だめ……もう……」
小さな声で、懇願した。

「こんな所で、そんな顔を……」
小声でそう言った彼の眼には、サディストの喜びが溢れていた。
(孝則さんこそ、そんな顔で、…私を見ないで…)
孝則のそんな態度は、パズルの凹凸のようにマゾヒストの私の感情にハマってしまう。
意地悪な態度が、余計に私を熱くさせる。
(ああ、いい……ああっ…)

「だめっ……うぁっ……」

(ダメ、どうしよう、…どうしたらいいの……ああ…もう…)
機械が作る振動は、手加減がなかった。
クリトリスを小刻みに揺すられ、人工的な快感が体に走っていく。
「くぅ……」
私は唇を噛んだ。

「このリモコン…まだ少し余裕があるんですよ」

孝則の声に私はハっと顔を上げた。
彼の目が細まる。

(あっ……)

グン、と動きが強くなる。
(だめっ、だめ……ダメっ…ああああっ…)
フロアのまんなかで、私の視界は一気に狭まっていく。
公共の場だという事も、一瞬忘れてしまいそうになる。

ヴゥゥゥゥン……

確かに、微かにバイブの音が漏れているのが分かる。
私自身がやっと気付く程度の音だ。
(ああ、…ああ…ああ……)
私は首を振りながら下を向いて、スカートが開かないように足を閉じた。

「うぅっ…!」
振動がダイレクトに伝わってくる。
(ほんとに……もう、だめ………イク…イっちゃう…)
私は腰を震わせないように、全身に力を入れた。

「くぅっ!……んぅっ……」

白い波が、私の体を駆け抜けていく。
「んぁ…、はぁっ……」
絶頂までいった波を、私はやりそごそうと懸命に意識を逸らそうとした。
それでも最大にされたローターの動きは、達した後のそこを容赦なく弾いてしまう。
「は、……あっ…」
2度3度、体がビクビクと反射で動いてしまった。

ハタと、ローターの動きが止まる。

「はぁ……はぁ……」
周りに悟られないように気をつけながら、私は呼吸を整えた。
体中が固まるぐらい、力を入れ過ぎていた。
ふと握り締めていた手を開くと、肩からドっと力が抜けていく。
一瞬、テーブルに突っ伏してしまうかと思った。

「冬子さん」
「……はい…」
返事を返した時には、孝則は私の横に立っていた。
「出ましょうか」
そっと私の肩に彼の手が回る。
「………」
私は大きく頷いた。

「連れの具合が悪くなってしまったので」
孝則はそう言って、料理をキャンセルして会計を済ませた。
私たちは店を出た。


「はぁ…」
時折溜息をつきながら、私はガクガクと震えそうになる足元に力を入れて歩いた。
孝則はそんな私の肩に腕を回して、私の体を支えてくれた。
私の腕は自然に彼の腰へと伸びていて、不安定な足取りのため彼へぴったりと寄り添ってしまう。
まるでいちゃいちゃしている恋人同士のようだと思った。
こんな風に孝則と歩いていることに、違和感を感じずにはいられなかった。

レストランのあったビルからチェックインしていたホテルまでの距離は、目と鼻の先だ。
部屋に入るなり、孝則は私をベッドへと突きとばした。
「…なっ…」
優しげな態度から突然乱暴に扱われて、私は戸惑う。
「えっ?……あっ…」
孝則は私の背後から腕を回して、強引にコートを剥ぎ取った。
そして彼はベッドの上でうつ伏せの状態の私の腰を掴んで、ほとんど持ち上げる形で自分の方へ引っ張った。

「冬子さん」
ストッキングは破られ、ガードルも乱暴に剥がされる。
「あっ」
ショーツをゆっくりと、後ろから脱がされていく。
私はうつ伏せで、彼へ向けてお尻を上げている格好だった。
「すごい、濡れていますよ…」
「………」
自分でも分かっていた。
ナプキンをしていなければ、レストランのシートをきっと汚してしまっただろう。
ゆっくりと、腿から膝へ、膝から足首へとショーツを脱がす彼の指が移動した。

(ああ……)

また見られている、と思った。
私の性器、形も色も匂いまで全て、彼に覚えられてしまうんじゃないだろうか。
それほどに、私は彼の前で常にそこを露出していた。

「ああん!」

まだテープで貼られて付いたままのローターが、唐突に動き始めた。
「あんな場所で、イけるなんて……誰かに見られているかも知れないのに」
「あっ、…あぁ…」
ローターが先程達した粒を、再び熱く震わせる。
「冬子さんは本当にいやらしい人だ…」
「うぅ、うあぁっ…あっ…」
声を我慢するというのがあんなにも辛いものなのだと、今改めて思う。
そして声を出してはいけない状況が、あんなにも自分を熱くさせたのかとも。

「あっ!…ううっ!あああっん!」

温かく固いものが、私の不意をついて入ってきた。
孝則が、こんな風にすぐに自分から交わる事は珍しかった。
いつもは一方的に私を何度も何度も追い詰め、限界というところでセックスを始めるのに。

「あっ、あっ、…あ、…あぁぁっ……」

しっかりと固定されたローターで、クリトリスは人工的な振動を与えられていた。
そのすぐ後ろには孝則のペニスがしっかりと刺さり、動いていた。

同時に来る二つの種類の違う快感が、私の中で絡まり、合わさる。
(き……気持ち、いい……)
どうして孝則とのセックスが、こんなにも私を感じさせてしまうのだろうかと思う。
私はシーツを握り締めた。
激しく突かれて、腰にかかる衝撃が私の上半身も揺さぶった。
「外側の動きが、中まで伝わってきますよ…」
孝則は自らの動きを止めずに、後ろからそう言った。
中と外から責められて、快感は一気に上り詰める勢いで増幅していく。

「うぅ、…うぅん、……はぁぁんっ…」
絶頂の兆しは、肉芽への刺激から開かれてしまう。
私の入り口の辺りが、蕩ける感じとともに孝則を求めてさらにヒクヒクと動いた。

「冬子さん、……イきそうですね?」

孝則は一度大きく体を離すと、勢いをつけて奥まで入ってきた。
「ああっ!あああんっ!」
その衝撃は私の腕へ肩へ、そして頭へと快感となって駆け抜けていく。
一番奥のその場所を、孝則のペニスが小刻みに叩いた。
彼のせいでお腹の中が溶けてしまう錯覚に、私は陥る。

(ああ、いい……いいっ、…孝則……)


「イきそう、…イク、…イクっ、……う、あぁぁぁっ!」


ハッキリと、体内で孝則が射精するのを感じた。

彼のモノが私の中いっぱいに広がっていく感覚……、
指先や髪の先まで、彼のせいで本当に私の全てが真っ白にされたような気がした。


私はしばらく動けなかった。
それでも重たい体を起こして、何とか起き上がる。
私の足の間、私と彼が混ざったものが溢れていてシーツを汚していた。
彼にローターを外され、交わりが終わった後に服を脱ぐ。
シャワーを浴びて、バスタオル一枚で部屋に戻った。

室内は薄暗かった。
元々全部の照明を点けても、たいして明るくならないのだ。
孝則は窓際に置かれたスツールに座って、静かにタバコを吸っていた。
「…………」
かける言葉が思い浮かばす、私はベッドの脇をそろそろと歩いた。
そういう行為以外の時間、二人きりになると何を話していいのか分からなくなる。
それは出会った頃からずっとそうだった。
「…って」
「え?」
孝則が言ったことが、聞き取れなくて私は聞き返した。

「バスタオル…外してください」
「………」
私と孝則との距離は2、3メートルはあるだろうか。
言われるがまま、私はバスタオルを足元に落とした。

オレンジ色の室内灯の弱い光の下、孝則が私を見ているのが分かる。
「………」
私はただ立ち止まって、何も身に付けていない肌を晒している。
この距離だと、彼から私の全身が眺められるだろう。
(恥ずかしい……)
改めてそう感じた。
孝則は服をきちんと着たままで、私だけが全裸だった。
彼の視線が痛いほど私に刺さる。

「キレイですね……冬子さんは、本当に」

「え……」

孝則の言葉は、意外だった。
私の羞恥心を煽るような言葉は、沢山何度も聞いてきた。
離れた芸術品を見るような彼の眼差しは、いつものものではなかった。
(…………)
唐突に動悸が起こる。
快楽を期待するのとは違う。
もっと胸の奥からくる、…心臓の動き。

「そこに座ってください」
孝則はベッドを見た。
私は膝をベッドについて、ゆっくりとその上に登っていく。
数秒のことなのに、どうしてだか長く感じてしまう。

孝則も私の側へ来た。
私の正面に、彼も同じ様に座った。

「……………」
「……………」

沈黙がこんなにも重いなんて。
彼は時折私の体に目を移しながら、私の目をじっと見つめていた。
(……どうしたの……いつもの彼じゃない)
この空気に耐えられなくなって、私は口を開きかける。

(え……)


私は孝則にキスされた。
彼とキスした事は何度もあるのに、こんなにも優しくされたのは初めてだった。
(あ……)
セックスや愛撫と同様に、孝則のキスは絶妙に柔らかく上手だと思った。
そして彼のこの唇の感触は、私の官能を刺激してしまう。

(孝則……)

唇を、唇で愛撫しあう。
そんな表現がぴったりくるキス。
(ああ……孝則…)
私が二人の世界に入り始めたとき、彼は唇を離した。

「冬子さん……」
「はい……」
至近距離でこうして見つめあうことに、改めてドキドキしてきてしまう。
「僕を、脱がして」
「……孝則さんを……?」

戸惑いながらも、私は彼のシャツのボタンに手をかけた。
緊張していた。
じっと見られているからドキドキしてきて、思わず手が震えそうになる。
自分が全裸だというのに、孝則を脱がすことに興奮しはじめていた。

シャツを脱がし、ズボンも脱がしていく。
孝則は下着1枚の姿になった。
そういえばこんな風に、彼のことを静かに見つめたことはなかった。
私は彼の下着に手をかける。
布地の下の孝則のものは、私がよく知った固く怒張したそれだった。
(ゴク……)
条件反射のように、思わず喉が鳴ってしまう自分が恥ずかしい。

「……!」
孝則の手が、私の頬に触れた。

「聞きました……誠一と。…おめでとうございます」

「…孝則さん……」
不意打ちのような一言に、私は驚いて彼を見た。
孝則の顔はオレンジ色の灯りに照らされて、いつもより優しい感じがした。
「そうなると……」
つぶやく彼の目の奥が、一瞬曇ったのを私は見逃さなかった。

「本当に、貴女はもう誠一のものだ」

「…孝則さん…」
二人、裸のまま見つめあった。
孝則の目は、いつもの冷静で熱い眼差しとは違っていた。
私の頬に触れている彼の手が、ゆっくりと耳のあたりを撫でる。

「……もう、続けられないですね」
「……た…」
言いかけた私の唇に孝則の指が触れた。
「誠一の、妻になるんですから」
「…………」
私を静かに見つめる孝則は、普段の…誠一達と一緒にいる時の彼のように見えた。

「終わりにしましょう」

「孝則さん……?」
誠一との結婚を決意した時から、言い出さなければならないと思っていた言葉。
孝則がくれる快楽を手放すことができなくて、切り出せなかったのに。
こんな風に唐突に、彼の方から言われてしまうとは思っていなかった。
頷くわけでもなく、否定するわけでもなく、私は裸のまま ただ彼を見ていた。


「……今夜で」

「………今夜……」
終わりにしなければいけないと思っていた。
しかしそれは自分の中で、まだ具体的に形になっていなかった。
こんなに、突然に……。
(今夜………)
その言葉の意味を、私は頭で理解できないままでいた。
(今夜、終わるの……?)

「孝則さん」
「おいで」
彼の表情は優しすぎた。
さっきまで私を犯すように抱いた彼とは別人のような気がした。
ベッドの上で座ったまま、孝則は私へと手を伸ばす。
私はその腕の中へ、ゆっくりと近付いていく。
足を開いて、彼の上に跨る。
当然のように導かれ、私は自分の体の中に彼の一部を埋めていく。
私は充分すぎるほど既に濡れていた。

(あぁ……)

私に入ってくるものは、確かに孝則のものだった。
彼とでしか味わえない、この感じ…。
「はぁっ……」
思わず息を吐いてしまう。
私の中の孝則は、熱く、固い。
孝則は私の背中を抱き、そのままお尻の方へ手を滑らせていく。
「このしっとりとした感触……肌の白さ……」
彼は私の耳元で囁いた。
「本当に、…貴女は、いい……」
「うう、んっ……」
孝則のものが私の中でビクビクと動いたのを感じた。
そしてそれに反応して、私の内部もキュっと彼を掴んでしまう。

「あぁ、……あ、あ……孝則さん…っ」

たまらず私は自分から腰を動かした。
彼の前では、私はいつも本能が剥き出しになってしまう。
(ああ、いい……こんなに、いいのに……)
「冬子さん…」
「ああ、孝則、さん……あ…あ…」
乳房を掴まれる。
孝則は私の乳首を軽く噛んだ。
「うぅっ………うっ…」
胸を揺すられ甘く噛まれながら、私は腰を動かし続けた。

(ああ……いい……孝則…)

強引にされなければ、こうして自分から乱れてしまう。
(どうしてこんな風になってしまうの…)
感じていた。
孝則と触れ合っているところ、全て。
体の内側も外側も、彼のせいで敏感に変化してしまう。
(ああ、孝則……いい…すごい…)

行為に夢中になったまま、体の上下が入れ替わる。
私は孝則の下になって、今度は彼の動きを受けとめる。

「冬子さんっ…」
「あぁ、あ、…あ、…あぁっ…」
(今夜が最後だなんて……)
強く立ち上がっていく快感の中で、私は懸命に否定する。
孝則の動きに合わせて、私の乳房が大きく揺れていた。
その動きを留めるかのように、胸に伸ばされる彼の腕。

(もっと…強く……して……)
私は心の中で彼に懇願する。
交わりの音と、自分の喘ぐ声が、静かな室内に響いた。
「ああっ、あ、あっ…んあぁっ……」
もっとグチャグチャにして欲しい。
もっと、…もっと、…彼と私だけ、…この時間が全てになってしまうぐらいに……。

「あぁ……冬子さんの体……全て…」
「…んっ、…あ、…あぁっ…」
しっかりと上半身を抱きしめられる。
合わさった胸の熱さも、いい。

「全部………」
私を抱く孝則の手に力が入った。

「……愛してる……」


「あぁ、孝則さんっ………」
体中が痺れるぐらい、感じていた。
触れている粘膜が、溶けてしまいそうだと思った。
愛してる、という孝則の声が……もう何度も聞いたはずの言葉が、今日はやけに鮮明に耳に残る。
(ああ……最後なんて……)
彼の切羽詰ったような声の響きで、本当に今夜が最後なのかも知れないと私の心は翳る。

「この体……全部……愛してる…」

「んぁ、孝則っ……あ、あ、あぁっ……」
激しくなっていく快感の波の中、私は悲しくなる。
切なかった。
愛しているという言葉も、彼の感触も……。
(どうしてなの……どうして…孝則…)
涙が出そうになっていた。
(どうしてそんな目で、見るの…)
溢れてくる。快感も、感情も……。
私は孝則の肩を夢中で掴んだ。


「ああっ、愛してるっ……孝則っ…」

「冬子さんっ……」



…感じていた。
もっと感じたかった。
こんなに感じているのに、どうしてこんなに切なくなってくるんだろう。
こうして抱き合っていること、今まで二人でしてきた快楽を求める行為と何ら変わりはないというのに。



その夜は、ほとんど眠らなかった。
私は一晩中濡らしていて、どこからどこまでがセックスなのかも分からなかった。
孝則からの愛撫は絶えず繰り返され、私は何度も彼を自分の中に招き入れた。
体力の続く限り、私たちは交わり続けた。
絶頂という区切りさえ分からなくなるほど、私は達した。
私の中は孝則の精液で溢れて、それをまた彼によって掻き出された。
何度も、何度も……。

この底の見えない渇望が、枯れてしまえばいいと思った。
愛しているという言葉でさえ、何度も言えばただの符号に変わるのではないかと思った。

(どうして…こんな気持ちになるの……)


今夜で最後にしなければならないと、
…この歪んだ快楽も温もりも、全て忘れなければいけないと、何度も自分に言い聞かせた。


(さようなら、…孝則…)

心の中で何度も呟いた。


…さよならしなければいけない。
どんなに心が震えようとも。

マンションの前で、孝則の後ろ姿を見送った。
最後の彼の表情は寂しそうだったのに…今までで一番穏やかな気がした。

 

   

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