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その指と唇で
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7.継続

透き通った青がどこまでも続くように晴れたその日。
教会の控え室の窓にかかるブラインドの向こうの景色は、勢いを増した緑に遮られてこちらからはよく見えなかった。
誠一の実家と私の実家の社会的立場の違いは余りに大きくて、私たちは教会での挙式を選んだ。
大袈裟な披露宴は私と誠一らしくないと思っていたし、親戚も最小限にして親しい友人だけを呼んだ。

鏡に映る自分自身を見つめる。

大きく開いた肩が、何も塗っていないというのにとても白かった。
冬に生まれると肌の色が白くなる、というのは果たして本当なのだろうか。

「綺麗ですよ、すごく……」
着付けとメイクをしてくれた美容師と鏡越しに目が合う。
私は彼女に微笑んだ。
結婚する、という事以上に、自分のウエディングドレス姿が嬉しくて仕方がない。

確かに、私は美しいと思った。

今日というこの日に自分自身を美しいと思える、その事が私の喜びを更に大きくさせた。
「式までまだ時間がありますから、ゆっくり休んでいてください」
そう言って私の髪を後ろから両手で少し触って整えると、美容師はにっこりと笑った。
「えーっと、何か、ありますか?…何かあれば…」
「いいえ、大丈夫です。とてもキレイにしてくださって、自分じゃないみたい。…ありがとう」
私の言葉を聞いて満足げに微笑むと、彼女は部屋を出て行った。

私はブラインドの隙間からもっと外を見ようとしていた。

今日は親しい友人しか呼んでいない。
誠一の友人の中に、彼が入っているのは当然のことだった。


(嬉しいのに、どうして……)

自分が主役の式がこれから始まるという緊張の裏側に、また別の緊張感があった。
(彼に、会ってしまう……)
私はテーブルに置かれた白い手袋に触れた。

人の気配を感じて、慌てて顔を上げる。


「すごく、キレイだ……」

座った私のすぐ後ろに孝則が立っていた。
「孝則さんっ……」
私は弾かれたように立ち上がり、振り返った。
『最後』だと言ったあの日以来、半年以上会っていなかった孝則が、今 私のすぐ前にいた。

「まさに、素晴らしい花嫁だ……」
正装した孝則の姿は凛としていて、独特の冷たい雰囲気がかえって彼の品を高めている。
私は彼の視線で完全に動けなくなり、足元からザワザワと二人でいる時の独特の感覚が上がっていくのを感じた。

「………」

かける言葉が見付からなかった。
視野に入った鏡越しの二人の姿は、まるで新郎新婦のように見えた。




「おめでとう!キレイ!冬子!」
「いい花嫁を貰ったな!」

私たちは参列者が作った花道を通って、教会の中から中庭へと通じる道を歩く。
ドレスを片手で引っ張り上げながら、もう片方の手を誠一が握っていた。
時折私を気遣って振り返る彼の目はとても優しくて、きっと私たちは幸せに見えていたに違いなかった。

私の足が一瞬止まる。

「大丈夫ですか?」
誠一は私が躓いたと思ったのだろう。
私は彼を見つめ返して、答えた。
「ええ……」
気付かれないように溜息を小さく吐いて、呼吸を整える。

私たちの周りには、沢山の人の笑顔があった。
その全てが二人に向けられていて、絵に描いたような祝福の瞬間がここにある。
私は小さく笑顔を返していく。
そのぎこちなさが祝福に恐縮している様子だと、周囲に感じてもらえればいいと願いながら。


人垣から一歩離れたところに、孝則が立っていた。

誠一と目が合うと、彼らは微笑みあった。
孝則の視線が、誠一も気付かないぐらい僅かに、私の方へと動く。
その気配に、私のうなじに一瞬寒気が走った。

(ああ……)


私のそこには、あの日のローターが装着されていた。
Tバックの真っ白なレースの下着に、白いストッキングをガーターベルトで留めているだけの私のドレスの中。
玩具はそこで震えている。
私は自分から溢れるものを零してしまわないように、小さな歩幅で歩く。



透明な青空に、新緑が眩しい。
光の中、微笑んで新婦を見つめる新郎の眼差しは愛に満ちていた。
その場にいる全ての人たちが、私たちに笑顔を向ける。


ギャラリーから投げられる色とりどりの薔薇の花びら、幸せの情景…。


(そんな……こんなのって…)

羞恥は嫌がおうにも高まっていく。
桃色に染められた頬は、熱を帯びてくる。
その粒を揺らす玩具を挟む肉まで、震えていた。
(ああ……こんな…)
白いドレスに包まれた私の体を、あの黒い快感が侵食していく。

スイッチは、彼の手の中に握られていた。

 

~その指と唇で~終わり~

 

   

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