私が義父に犯されたのは、高校2年の秋だ。
忘れようと…意識の中から出してしまいたいと、何度も念じたせいか細かい事はもう思い出せない。
当時、まだ看護士の仕事をしていた母が夜勤の日だった。
義父は私に圧し掛かり、「静かにしろ」と一言言うとその後は無言で行為を始めた。
勿論抵抗は、した。
しかし元々大柄の義父に私が力で適うわけも無く、しっかりと防音されている部屋からの叫びはどこへも届かなかった。
私はただ呆然とし、恐怖のあまり頭が真っ白になった。
誰にも言うなと義父の脅迫めいた言葉に、私はこの事を口にできなかった。
母子家庭だった時代の私の生活は本当に困窮していて、その頃の母はずいぶん苦労していた。
中学の終わりに決まったこの再婚のおかげで、私たちの生活は180度変わったと言える。
経済的にこれまでできなかった事が、いとも簡単に叶えられていく。
それは私たち親子にとっては、本当に幸せに思えた時もあった。
再婚してからの母の変貌に、気付いていなかったわけじゃない。
しかし後で思えば、変貌したと思い込んでいただけで、母の本質にずっと私が目をそらしていただけなのかも知れない。
考えれば考えるほど、自分の存在意義が足元から崩れていくような気がした。
それから義父は時折私を犯しに来た。
さすがに母は感づいていたと思う。
それでも何もなかったかのように、義父も母も振舞っていた。
私は口数が少なくなり、家へ帰るのが嫌になった。
当時お嬢様学校に行っていた私の学校の友人などに、こんな話ができるわけもなかった。
私は何もなかったように、その行為をやり過ごすしかなかった。
思い込んでしまえば、体の感覚は薄くなる。
痛みを与えられるわけではなかったから、その時間をひたすらに耐えればそれで終わった。
それさえ我慢すれば、人並み以上の生活ができるのだ。
貧窮していた過去を目の前にぶらさげられ、脅された私は義父に従うしかなかった。
実際に、義父は潤沢すぎるほどの贅沢を私たち母子に与えた。
男性不信―――
簡単に言ってしまえば、そうだ。
男に対して希望はなかった。
これまで付き合いたいと告白してくれた男性の中で、優しい男もいた。
それでも関係が深まったとき、私の体が反応を示さないことで必ず上手くいかなくなってしまう。
「やっぱり体なんだ」と、その度に私は失望した。
蓮城は不思議な男だ。
あの乾いた表情………今思えば他人に何も期待していないところから来ていたのではないか。
実際近づいてみて、改めて感じる。
直感的に似ているかもしれないと思ったのは、そういう部分なのかも知れない。
彼に抱かれるのは嫌じゃなかった。
彼の独特の存在感も、取り込まれてしまえば心地よかった。
素直にそう感じられるのが不思議だった。
「紗羽、この前の本」
講義が終わってすぐ、蓮城に呼び止められる。
彼はすぐに近くに来て、先日二人で話していた文庫本をカバンから取り出した。
「ありがとう」
私はそれを受け取ってお礼を言った。
「今日どうすんの?」
小声で蓮城が言う。
「………行ってもいいなら……行ってもいいけど…」
私は彼よりももっと小さな声で呟く。
口にしてしまってから、おかしな言い回しだったなと思う。
「ははは、…いいよ、いいよ、来いよ」
彼は嬉しそうに笑う。
普段こうして見る蓮城はやはり華やかで爽やかだ。
「トオル~~~」
後ろからクラスの女子が大声で彼を呼んだ。
「じゃあ、車、いつものとこにあるからそこで待ってて」
彼は手を伸ばして私の指先をちょっと触ると、改めてにっこりした。
「何?」
蓮城は女子へ振り返ると、そのまま彼女たちの方に歩いて行った。
私は彼女たちの嫌な視線を感じながら、教室を後にした。
よく分かっていた事だが、蓮城は人気があった。
女子や教授、そして男子学生にもそつない態度で誰にでも受け入れられていた。
その反面、彼の良い噂も悪い噂も流れていた。
「ウケのいいキャラクター」の裏に、彼らが表面に出さない妬みがあるのだろう。
私は、「良い」よりも「悪い」方の噂の方が蓮城に近いんじゃないかと思う。
そしてそんな一面がある蓮城を、やはり嫌いではなかった。
―― 眼下に広がる都市の明かり。
ここからは都内の夜景が一望できた。
最近、頻繁に訪ねている蓮城の部屋。
一人暮らしにしては贅沢すぎるこの作りにも、慣れてきていた。
「ん……うぅ……」
黒い革のソファーの上で、私はまた彼に長いキスをされていた。
蓮城の手が私のスカートの中へと伸びてくる。
あっという間に剥ぎ取られたショーツ。
足を少し広げられ、その間に彼の指が触れる。
(あ……)
柔らかくゆっくりと、その指先が私のその場所を探る。
その触り方は今まで私の経験にはないもので、戸惑いながらも受け入れてしまう。
(あ……だめ…)
執拗に肉芽を指で愛撫され、閉じていた感覚が開き始める。
その間も、ずっとキスをしていた。
蓮城の舌は、私の唇を撫でるように優しく触れてくる。
激しすぎず、時間をかけて攻めてくるのはキスだけじゃなかった。
彼の指もまた、焦らずにじわじわと私を追い込んでいく。
「う、…あっ……、だ、だめ」
私は思わず唇を離して言った。
「痛かった?」
至近距離の蓮城が心配そうな顔で言う。
私は首を振った。
「紗羽、いきそうなんじゃないの?」
そう言いながら、蓮城が私のまぶたにキスをした。
「わ……わからない……」
私は彼の腕を触って身を引いた。
「じゃあ、教えてあげるよ」
蓮城は意地悪な子どものような瞳で笑うと、私から更に離れる。
「やっ………」
足が開かれ、蓮城の唇が私のそこへ吸い付いてくる。
「あっ……、やっ……」
知らない昂り(たかぶり)が、体の表面から内部へとじわじわ広がっていく。
先ほどまで私の唇をもてあそんでいた蓮城の舌はやっぱり柔らかいままで、私の突起をゆるゆると舐る。
「……う、……やぁっ…」
じれったい。
自分の体とは思えないぐらい、意思とは裏腹に自然に彼へと腰が揺れてしまう。
「こうするの、気持ちいいでしょ?」
蓮城が唇を離し、膝で立ち上がる。
「はあ、…はあ……」
私は息があがっていた。
薄く目を開けて彼を見た。
「イッたこと、ないんだよね?」
意地悪な問いかけに、私は素直に首を縦に振った。
「……ここ、オレに触って欲しいみたいでヒクヒクしてるんだけど」
悪魔のような笑顔で、私の太ももを撫でる蓮城。
彼が本当に嬉しそうな顔になるときは、いつもこんな感じだと思う。
「ひゃっ!」
「ほら」
彼の指が唐突に肉芽に触れた。
すっかり敏感になったそこは、潰され揺さぶられるのを期待している。
「ゆーっくり、いこう……」
囁く声まで絡み付いてくるようだ。
蓮城の指もまた、ゆっくりと私のそこを撫でる。
「あぁ………はぁ、あぁ……」
「ゆーーっくり、な……」
じわじわとその場所を、円を描くように触られている。
さっきから指と舌で弄ばれたそこは、もっとはっきりとした刺激を求めて無意識に腰が動いてしまう。
「ああん………やあっ……」
(気持ちいい………)
感じたことのない感覚。
ここをこんな風にされると、こんな感じになってしまうなんて。
「うぁ……ん……」
「紗羽、これ誰の指……?」
「れ、蓮城くん……」
「もっと欲しい……?」
「……うん……」
蓮城に促されるまま、自分の手で自分の膝を広げていた。
目を閉じて、彼にこれからされることを体中で待つ。
「あぁっ……!」
温かいものが、すっかり敏感になった私の突起に触れた。
一瞬、指でされているのかと思ったそれは、勃起した彼のものだった。
(恥ずかしい……)
私は更にぎゅっと目を閉じた。
義父との行為の中、全てを無いものにしたいがために目を閉じた時とは違う。
「あっ、あっ、……あぁっ」
彼のそれが、私のそこを擦る。
固く柔らかい感触が、私のそこを撫でる度にビクビクと快感が走る。
「やあっ、……だめっ……だめぇっ……!」
大きな波に押し流されるように、腰から首筋へと体が反った。
「あっ、あっ……あぁ、あっ…」
無意識に自分の膝を思い切り掴んでいた。
緩やかな快感から、駆け上るように大きなうねりへと姿を変える。
「はあっ、はあっ……」
これが絶頂に達することなのかと、思考の片隅によぎった刹那だった。
「うあ、…あぁんっ!」
彼のモノが私に触れてから、ここまでそんなに時間は経っていなかったと思う。
それなのに、全てがスローモーションのように見えた。
自分の感覚が研がれていく。
蕩けそうになったそこに、それが一気に奥まで入ってきたのだ。
「あっ、ああっ、……やっ、はぁっ……」
いつのまにかソファーに押し倒され、服を着たまま蓮城に貫かれる。
大きな波が引かないまま、彼の動きで更にそれが体内で突き進んでいく。
(ああ、やだっ……やんっ……やあっ…)
先日結ばれたときよりもずっと激しい快感が、体に巡っていた。
「紗羽……目、開けて…」
「ああ……はぁっ……」
蓮城の綺麗な顔が、私のすぐ前にあった。
その瞳は普段見ることのない光を放ち、それは切なくて甘かった。
「紗羽……」
「んんっ……」
重なり合った唇が、更にきつく結ばれる。
私の中の彼が、とても熱い。
(違う……何もかもが……)
この期に及んで義父のことなど思い出したくなかった。
しかし嫌でも比べてしまう。
ただ揺らされて、体内にある異物を一刻も早く吐き出したいと思っていた以前の行為とのあまりの違いに、愕然としてしまう。
これは、何……?
今、私をこんな風にしているのは……何……?
「蓮城くん……」
思わず呟いたその名に、彼も私の名を呼ぶ。
「紗羽………」
彼の腰が揺れる。
突き上げられる体の奥が、大きく脈打つように収縮を繰り返す。
「はあ、あぁっ……蓮城くんっ」
「だから、こういう時は名前で呼べって…」
蓮城が私の前髪をかきあげる。
薄く開いた目の奥でしっかりと見つめあいながら、私は彼の名を口にした。
「…透……」
手を伸ばし、しっかりと彼を掴む。
「紗羽……」
唇を合わせ名前を呼ぶ。
手を伸ばし抱き合うこの行為は……何……
考えようとしてはまた消えてしまう、答えのないその問いを頭の中で繰り返しながら、私は蓮城に抱かれた。
―― その晩は、何度も抱かれた。
「う…ん………何時?」
私はぼんやりとしたまま、携帯電話に手を伸ばした。
この部屋で迎える幾度目かの朝。
気付くと蓮城は隣にはおらず、私はハっと目を覚ました。
「おはよー」
朝から爽やかな笑顔を向ける蓮城は既に着替え終わっていて、手には薄いブルゾンを持っていた。
髪もきちんと整えられていて、もう出かけるばかりの姿だ。
私はまだ寝ぼけた状態だというのに。
「やだ、起こしてよ……」
「だってあんまり気持ち良さそうに寝てるからさ」
「…………」
確かによく眠っていたと思う。
広いベッドは寝心地も良かった。
「ああ……」
思わずため息が出てしまう。
昨晩何度もしてしまったせいで、体中が重たい。
「もう出かける時間?…ちょっと待って…急いで支度するから」
起き上がろうと両手で布団を剥がすと、肩が筋肉痛みたいになっていた。
蓮城は私の側に来て、ベッドに座る。
「いいよ、ゆっくり寝てなよ。オレ今日は行かないとマズイ実習があるから」
「だったら尚更急がないと……」
ベッドから出ようとすると彼の手が私の頬に触れた。
「んん……」
朝からキス。
触れた唇が少しヒリヒリした。
昨晩も何度もキスしたからだ。
「鍵、置いていくから」
蓮城は私にこの部屋の鍵を握らせた。
シルバーの小さいキーホルダーがついている。
「………」
どう急いでも、髪と顔を直して出て行くには15分以上かかる。
ちょっと考えて、私は鍵を受け取ることにした。
「ごめんね、また午後の講義の時に返すから…」
「いいよ、持っててよ」
「…?」
一瞬意味が分からなくて止まってしまう。
「どうせしょっちゅう来るんだし……鍵持っておいて貰ったほうが何かといいだろ?」
「え……」
合鍵を貰う、という事の重大さに私は戸惑った。
「でも……」
蓮城が自分の空間にこだわりを持つタイプなのはよく分かっていた。
そんな彼の部屋に、自由に出入りしていいのだろうか。
第一、こんな私にそんなにも許していいのだろうか。
「時間ないから、とりあえず行くよ。じゃあまた学校で」
「あ、……うん」
私に鍵を預けて、蓮城は部屋を出て行ってしまった。
手の中に納まった彼の鍵をじっと見つめる。
(もしこの合鍵を使って彼の部屋に入ったとして…)
彼に何の断りもなくここへ来るつもりはなかった。
そんなに親しい間柄だとも思えなかった。
だけど…。
(誰か他の女と鉢合わせちゃったりして…)
彼が私の事をよく知らないように、私も彼の事をよく知らない。
それでもこんな風にしていると、本当に彼と付き合っているような気になってくる。
実際のところ、どうなんだろう…。
(やっぱり、返そう)
自分の出た後のベッドを整え、授業に間に合うように準備をして部屋を出た。
地下鉄に乗っても、自分から彼の臭いがするような気がした。 |