泳ぐ女 STORY Message LINK

 LET THERE BE LOVE
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5.KISS

オレは紗羽に何度もキスをした。
相変わらず反応は薄かったが、それでも最初の時のようにガチガチではなかった。

「…………」

唇を離し、オレは彼女のこめかみをなぞり そっと髪を撫でる。
目を閉じたままの彼女はオレにされるがままで、まるで人形のようだ。
このまま押し倒し裸にしても、紗羽は逆らわないだろう。
(………)
彼女に欲情しないわけではなかった。
むしろ真面目で頑なところは、オレには魅力的に思える。
しかし、なぜだか気が乗らない。

嫌がる女を抱いた経験がないわけじゃない。
そんな状況を好んでいた時期もあった。
だが紗羽の場合は「嫌がる」とは違う。
ただ抵抗しないだけだ。

―― オレは彼女の感情が見たいと思った。

「明日……」
「えっ?」
オレの言葉に彼女は目を開ける。
「明日、何かあるの?」
オレは聞いた。
「私は何もないけど……、蓮城くんは?」
「オレも何もないよ」
「そういえば……明日の予定も聞かないで…ごめんなさい」
紗羽は本当に申し訳なさそうにして困っている。
「いいよ…明日外せない用事があったら、今夜のこと断ってたし」
「……ごめんね……」

何かを言いかけた紗羽の唇に、オレは自分の唇を重ねた。

開いたままの口に、自分の舌を滑り込ませる。
ぎこちなく絡む舌に、オレは少し欲情してきた。
オレを受け止めるでもなく避けるでもない彼女のその舌先に、自分の舌先を押し付ける。
しばらくの間そうやって、深いキスをした。


まだ夜は長い。
順番にシャワーを浴びて、オレたちは早々にベッドに入った。
紗羽は自分が持ってきた薄いピンク色の部屋着に着替えていた。

このままセックスしてしまいたい気持ちも勿論あった。
紗羽の長い黒髪がベッドに広がる様を見ていると、それに触れて体中を揺らしてやりたい衝動にかられる。
しかし相変わらず彼女の瞳の奥は冷めていて、こんな状況でオレが隣にいても普段と態度が変わらない。

(トラウマか……)

それ以外に考えられなかった。
紗羽は間違いなくセックスに対してなんらかのトラウマがあって、男に触れられることに対して体を開かないようになったのだろう。
開かない、というのは違うかもしれない。
オレが一方的にその気になれば、きっと彼女はオレを無表情のまま受け入れるだろう。
「………」
何が原因か、なんて聞く気にはなれなかった。
オレはカウンセラーじゃないし、彼女の何かを背負うつもりもなかった。
(じゃあ、なんでオレは彼女の側にいる……?)
つい先日まで鬱陶しくて逃れたかった彼女の存在を、今自分のすぐ隣に置いている。
(………好奇心?)
好奇心も多少は、あった。
(でも、それともまた違う……)

「………?」

オレがじっと見ているので、彼女は目を見開いてオレに問いかけてくる。
その眼差しに以前のような棘はなく、単純にオレを見据えていた。

「髪、キレイだよね」

オレは視線をそらし、右手で彼女の髪に触れる。
隣で左肘をついて、彼女へ向けて自分の体を横に向けた。
「そうかしら」
髪を触るオレの指へ、彼女の視線も移る。
「うん……真っ直ぐで、艶があって」
教室で実習があるときは、彼女は必ず髪をまとめていた。
全く何もせずにストレートに落としている時は少ない。
それでもそんな時は、思わず目にとまってしまうほど紗羽の髪は美しかった。

オレはまたキスする。

今晩は何度もしてやろうと思っていた。
オレにキスされる、それが当たり前のように彼女が受け入れられるように。
唇の緊張がほぐれて、完全に柔らかくなるまでオレはするつもりでいた。

しばらく彼女の唇をオレはひたすら自分の唇で愛撫し続けた。
嫌がおうにも欲情は高ぶってくる。
自然と下半身が固く熱くなっていた。
体を密着させてキスしているから、彼女も気付いているだろう。

オレの肩に、彼女の手が触れる。
オレは目を開けた。
至近距離の紗羽と目が合う。
「蓮城くん……」
彼女の息がオレにかかる。
「いいのよ……しても……」
そう言ってオレを見る彼女は冷静だった。
オレの気持ちも一気に冷めていく。

「紗羽は、したくないんだろ…」
「……」
「やりたければやればいい、っていう態度……」
「………」

「投げやりだな」

オレは自分の言葉に少し笑ってしまう。
他人にこんな事を言っているのが滑稽だ。
オレ自身がいつも何に対しても投げやりで、それを自分自身がイヤという程分かっているというのに。
彼女は一瞬困った顔をして、眉をひそめた。
「男なんて体さえ差し出せば満足すると…そんなもんだと思ってる……そうだろ?」
オレは念を押した。
紗羽は自分自身のことを分かっているのだろうか。

「そんな君でも、オレは嫌いじゃないぜ」

むしろ新鮮だった。
オレを捕らえて離さなかった絡みつく嫌な視線の持ち主、それが今普通の女の子みたいにオレの隣にいる。
何もかもを見透かしているように見えて、実のところ何も見えていないんじゃないか。
「………」
紗羽は明らかに戸惑っていた。
「泊める代わりに抱かせろ、なんて思ってないから」
体を起こしてオレは言った。
「でも……」
寝転がっていた紗羽も体を起こし、オレの隣に座った。
「まあ、大体の男はそれで済むと思うけど」
「………」
「ぶっちゃけヤルだけだったら、全然相手には困ってないし」
「……じゃあ」

彼女の瞳が揺れる。
迷い彷徨った後、その視線は真っ直ぐにオレの目の奥を見た。


「…じゃあ、どうして蓮城くんは私といるの?」

単純な質問だが核心をついていた。
(どうして……)
何故と問われればハッキリしたことは言えなかった。
漠然と頭に浮かんだ言葉は、意外と本心だったのかもしれない。

「何か……、ほっとけないから」

そう言った後、オレはガラにもなく照れた。
それは彼女にもバレたと思うが、別にそれはそれでいい。
女が男のこういうところを好む事を、オレは知っている。
一見恥ずかしく思える事を晒してしまうのは、相手を油断させるのに効果的だった。

「変な人……」

前を向き、紗羽は膝を抱え込んだ。
「あ、ごめん…泊めてくれてるのに」
慌てて前言撤回してくる彼女。
どうでもいい気遣いに、オレは笑ってしまう。
「いいよ……実際変なんだろうし」
「ごめんね……」
少し気を許した様子で、紗羽はオレをチラっと見た。

「でも、ホントに変かもね、蓮城くん」

「なんだよ、それ」

オレは手を伸ばして紗羽を抱え込んだ。
髪をよけ、うなじに唇を這わせる。
ブルンと彼女が首を振った。
「くすぐったいよ、それ」
「これ?」
言われたところをオレは舐めてやる。
「うん、嫌」

オレは紗羽のうなじに再び唇を寄せた。
ハッキリと赤くなるほどキスの跡を残してやる。
これが今夜のちょっとした代償だ。


体の向きを変えて、オレはまた紗羽の唇にキスした。
呼吸を整えるために時々離しては、また唇を重ねた。
別にセックスしなくても良かった。
彼女がオレのキスで、ほんの少しずつでも無防備になっていくのを感じられるだけでよかった。

あんなに嫌だと思っていたというのに……。
今では居心地が良かった。
これまでに味わったことのない、不可思議な感情だった。
オレはひと晩中、紗羽にキスした。

 

   

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