泳ぐ女 STORY Message LINK

 LET THERE BE LOVE
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12.罰

透が腕を掴んで、私の体を起こす。
膝をついて座った体勢の彼の上に、またがったまま私は抱きつく。

繋がったその部分、私の中にある彼が熱くて固い。

私は彼の存在を体内で感じた。



男に抱かれて、こんな風に思うことなんてなかった気がする。
セックスはただ男性のモノをそこへ受け入れるだけの行為で、本当にただそれだけだった。
義父に犯されていたとき、私は全ての感覚を閉じた。
いつしか抗うこともなく、ただそれが終わるのを待った。
何も考えずに。何も感じずに。

他の男に抱かれたときもそうだ。

触れられた瞬間から、私は全ての感覚を無くす。
まるでスイッチを落とされるように。
私はただの無機質な肉のかたまりになる。
女には性器があるから、男は猛るのだろうか。
それだけだとしたら、本当に男はバカだ。
私の中に根付いた男性への嫌悪は強く、それは時が経つ程に色濃くなっていった。

透にだって、はじめはそう思っていた。

彼が学校で私に迫ってきたとき、この男も所詮はそうなのかと、
自信たっぷりでそれでいて常に乾いているこの男に対する単なる興味で、私は話に乗った。
目つきの嫌な男だと思っていた。
日常の彼が、明るく可愛らしい男であるが故に、尚のこと彼の闇が目に付いた。

(どうして……)

「あっ、透……」

透の手が、私の腰を浮かすようにしっかりと持ち上げ、支えた。
少し離れた体のせいで、彼の動きが自由になる。

「あっ………あっ…」

下から彼に突き上げられる。
私は透の肩にしがみつく。
彼の指が私の腰に触れている。
足を開いたその間に、彼のペニスが刺しこまれ、擦られる。
「ああっ……、透……」
私は感じていた。
セックスで男に心を許していた。

大切なものを取り戻したかのように、私は透を抱きしめる。
彼との行為は自然だった。

より一層挿入が深くなるように、彼が私の腰を抱き寄せた。
しっかりと重ねられた肌と肌。
透は動くのをやめ、私にキスしてくる。

「紗羽……好きだよ」
「うん……」

『好き』という言葉のハードルは高くて、私はなかなかその言葉を簡単に口にできない。
だけど、彼から『好き』だと言われると嬉しくて、自分の中からまた新しい感情が生まれてしまう。

「透……」

言葉の代わりにキスで埋める。
そして、それ以上の想いを込めて、体で混ざり合う。
彼から送られる快感も気持ちも、ひとつになって私は全てを任せる。


(『愛』、なの……?)

自分には無縁なものだと思っていた。
決して手に入れることのない感情だと思っていた。

まさかと、否定しようと思っても、体の内から溢れてくるものを止めることができない。
透のそばにいて感じる安堵感こそ、私が本当はずっと求めていたものなんだと実感する。

透の存在が大事だった。
目をそむけたくても、既にその存在は目がそらせないぐらい大きなものになっていた。
彼といる時間が嬉しくてたまらない。
家から離れられて、そして彼と一緒にいられて、私の気持ちも凪ぎ始めていた。

(幸せ……)

幸せを感じると、不安になってしまう。
その幸せが大きければ大きいほど、光が強ければ強いほど、その後ろ側にある陰が心を支配してしまう。
しかしこれがずっと続くものでなくても、たとえこの一瞬だけでも、私はいいと思った。
(それでもいい…)
以前のように、彼の瞳に冷たさを感じなくなっていた。
私も彼のように、自然と落ち着いてきたのかもしれない。

(大切な人なの……透)

手放したくないと思うほど、離れたときの事を想像して恐れてしまう。
だけど今は考えたくなかった。
自分のことも、自分がこれまでしてきたことも全てに蓋をして、考えないようにしようと思った。
今は、それでいい。
目の前の彼と、毎日一緒にいられることが、何よりも良かった。



透と二人で過ごす生活にもかなり慣れ、学校の試験も無事終えることができた。
授業も一段落し、春休みも近づいてきた。
最近では、昼間ならジャンバーなしで出かけられるんじゃないかと思うほど暖かい日もある。
私たちは当たり前のように存在しあうお互いを感じ、少しずつ安心し始めていた。


「帰ろうか、今日家にアキラが来るかもよ」

授業が終わり教室を出ると、廊下で透が待っていてくれた。
友人たちは気をきかせて、透に会釈をして去っていく。

アキラくんとは、私はあの日以来だった。
「アキラくんって、面白い人よね。会えるのが楽しみ」
「なんだよ、アイツも油断できないな…」
そう言って透は笑った。
階段へ向かい、歩き始めた時だった。
横の教室から突然出てきた女子が、私たちを遮る。

「…随分その子がいいみたいじゃない」
「麻璃ちゃん…」

赤間さんはイヤな顔をして私を一瞥すると、透をじっと見た。
相変わらずお金のかかっていそうな服装で、髪の先までお嬢風を貫いている。
「携帯、繋がらないんだけど」
「ああ、番号変えたから……」
「ふうん……じゃあなんで教えてくれないの?」
「麻璃ちゃんとは前みたいにはもう付き合わないって、ちゃんと言ったじゃん」
透は冷静な声で言った。
「………」
赤間さんは黙ってしまう。

「それはお前も納得してたんじゃないのか」
「………こんな子が良くて、私はダメなの?」
赤間さんの声が震えた。
下を向いた彼女は、泣き出してしまうんじゃないかと思うほど、か細い声だった。
私はどうしていいのか分からず、透の少し後ろで成り行きをただ見守っていた。

ハっと顔を上げた彼女の形相は、尋常じゃなかった。

「もう私なんかとは声も聞きたくないわけ?」

廊下中に彼女の大声が響いた。
その声で廊下を歩いていた学生の注目が私たちに向けられる。
「違うって、落ち着けよ、麻璃ちゃん」
透が彼女を制しようと手を伸ばすと、赤間さんは透の手を振り払った。
すごい勢いで透を睨み、そして急に私に振り返った。

「あんたのせいよ!あんたさえいなければトオルは変わらなかった!」
「何言ってるんだよ、紗羽のせいとかじゃないだろ」
なだめる透の声も届かない。
赤間さんは興奮していた。
いつかトイレで出会ったとき見せた高飛車な感じはなく、自分を失っているように見えた。
「あんたのせいなんだからね!全部、あんたの!」
騒ぎを聞きつけて、ギャラリーが増えてくる。
ニヤニヤと近づいてくる男子学生の集団もいた。
「なんでこんな子なの?なんでこんな子がいいの!なんで私じゃないの!!」
「………麻璃ちゃん」

「赤間さん……」
「……」
赤間さんは強く私を睨んだ。
その様子は危機迫っていて、私は一歩引いてしまう。


「あんたがトオルを、トオルじゃなくしたんだからね!!」

彼女が私に当たってくる。
強く、ドン、と。




一瞬何をされたのかが分からなかった。
だけど腹部の激痛で、思わず顔が歪む。

「……あ、あぁ……」
赤間さんが真っ青な顔で、私を見た。
その唇は震えていた。
「……あぁ…」
握り締めていた彼女の手から、刃物が落ちた。
刃先には、血。

「え………」
「麻璃、お前!」

お腹を押さえた私の手が、真っ赤に染まる。
廊下で一部始終を見ていたギャラリーから、わっと声が出る。
「………」
刺された?
足の力がガクンと抜けた。

「紗羽!大丈夫か!紗羽っ!」

赤間さんの走り去る後姿を見た。
そのまま私は床に倒れこんだ。

「透っ……」

痛い。激痛に頭がガンガンしてくる。
裂けるような痛みに、一瞬意識が飛んだ。

「誰か!タオル持ってないか!先生呼んでくれ!」
透が大声で助けを呼んでいた。
声は透だけじゃない、騒ぐ男の子の声、女子の悲鳴。
ギャラリーに囲まれているのが分かる。
透がそばにいた。私を押さえている。
他にも止血を手伝おうとする知らない誰かの手を感じた。

(透……)

手が血液でぬるぬるしていた。
きっと服も、透の腕も…

(ああ……)
急に寒くなってきた。
吐き気がする…

「紗羽!しっかりしろ!紗羽!紗羽!」

透の声。
切羽詰ると、こんな声なんだ……

「ト……」

声が出ない。
手が冷たくなっていくのが分かる。
血圧が下がっているんだろう。
だんだんと痛いという感覚が分からなくなってきた。
吐きそう。

「紗羽っ!紗羽!しっかりしろ!紗羽っ!!」

どこを刺された……?
まさか動脈にいってる…?
もしかして内臓にいった…?肝臓なら大変。脾臓は…。
頭の中で自分に起こったことを冷静に考えている自分がいるのがおかしい。
しかしそんな考えはすぐに消えて、頭の中がグラグラと回り始める。

(寒い…)
次第に感覚がなくなっていく。
視野が狭まる。
透の声が遠くなっていく。
肉体へリアルに死が迫っているのを、本能が強く感じた。


(ああ……そうだ……)

透のせいじゃない。
刺した赤間さんのせいでもない。



これはきっと、罰だ ―――
私が犯した罪への……


(透……、ごめんね……)




遠のく意識の中、透だけが見えた。
やがて彼も白くなり、目の前の全てが消えた。

 

   

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