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キスが止まらない
 
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2.再会

オレは、普段ほとんど行かない特進クラスへと、朝から向かった。
「よお、元春。どうした?」
昨晩電話で話した昌明が、廊下にいるオレを見つけて声をかけてくる。
「おお。あのさ、昨日話してた転校生の事なんだけどよ」
本当は何か関係無い話をしてお茶を濁してからと思っていたのに、口を開いたら思っている事をそのまま言ってしまった。
「もう来てるぜ、前の方の席に…」
昌明が視線を向けた先、オレはすぐに気付いた。
席に座って、誰か女子と雑談している。
あの黒い髪の感じ、なで肩でちょっと姿勢の悪い後姿。
あれは間違いなく…『ひより』だ。

オレは周りの目も気にせず、教室へ入って行く。
「元春?」
昌明が怪訝な顔でオレを見ているのは分かったが、オレはどうしてもひよりの顔をこの目で確認したかった。
教室の真ん中あたりまで来ると、もうそこにひよりがいた。

「おい」

オレは後姿に向って、声をかけた。
特進クラスでは無いオレがこの場にいて、色んなヤツがオレに注目していた。
「……」
黙って振り向いたのは。
間違いなくひよりだった。
「あの、…誰…?」
思い切り嫌な顔でオレを見るひより。
眼鏡は中学の時と変わっていたが、それはえんじ色っぽい細いフレームで、あか抜けているとは到底言えないセンスの選択だった。
髪は黒い。無造作に耳の上で一部を留めている髪型は、やる子がやれば可愛らしいのだろうが、雑感があってそうとも言えない。
要するに全体的に、やっぱりパっとしないのだ。
「誰、じゃねえだろ。お前、オレを忘れたとは言わせねえ」
ムキになって言ってしまった。
横にいた知らない女子が、オレとひよりを見比べて不思議そうな顔をしている。
「ああ…、なんだ元春?大人っぽくなったね」
そう言って、少しだけ愛想笑いを浮かべるひより。
「なんだ、じゃねーよ…」
とりあえず、オレはひよりに忘れられていたわけじゃなかった事にホっとした。
「元春もこのクラスなの?」
雰囲気はモサっとしているくせに、真っ直ぐ向けてくるその視線には聡明さが見える。
「オレは特進じゃねえよ」
「だよね、元春じゃね」
そう言ってまた少し顔を崩すと、ひよりはすぐに真顔に戻る。
「で、何の用?」
「………」
そう強い口調で言われて、オレは言葉が出ない。
別に用事なんて無かった。
ただひよりなのか確認して…、そこまでしか考えていなかった。

「元春、久米澤さんと知り合いなの?」
そこで昌明がオレに話しかけてくる。助かった。
「ああ、…まあ」
「授業もう始まるわよ」
ピシャリとひよりが言い放つ。
「おお…、じゃ、じゃあな」
周りを見渡すと、やはりオレに視線が集まっていた。
猛烈に居心地が悪くなり、オレは教室を出る。

(ひより、だった……)

あの雰囲気、オレに対するあの態度。
別れた中学の頃から何も変わっていなかった。
ただ、お互いにちょっと大人びただけ。
(相変わらず、ムカつく女だぜ…)
教室の自分の席へ戻り、1限目の授業が始まる。

今となっては、4年前のあの事はあまりにも非現実的過ぎて、オレが勝手に抱いた妄想だったような気さえしてくる。
だけど確かにオレはひよりと何度もキスをして、その度に欲情して、帰って汚したパンツを何度も洗った。
ひよりとした行為より、パンツを洗った記憶の方がずっと現実的だった。
(ホント、相変わらず、ムカつく…)
朝のあいつのそっけない態度を思い出し、オレはムカムカしてくる。
それと同時に同じぐらい、…それ以上にムラムラしていた。

昼休みが終わる頃、またオレは特進クラスへ行った。
幸い廊下を1人で歩いていたあいつを発見し、オレは慌てて声をかける。
「ひより!」
「ああ、元春…」
「ちょっと…、話したい事あるんだけど」
「何?ここじゃダメなの?」
ひよりが嫌そうな顔をする。
「色々聞きたい事もあんだよ。…放課後、…ちょっと話せないか?」
「ええー…」
さらに嫌そうにするひよりを無視して、オレは言う。
「お前、今どこ住んでんの?」
「N駅からバス…。元春の家とは逆方向だよ」
「じゃあ、放課後、N駅の改札で待ってて。オレそこまで行くから。これオレの番号」
オレはあらかじめ書いておいたメモを、強引にひよりの手へ握らせる。
「元春…」
「じゃあ!よろしく!」
ひよりの否定的な言葉を聞く前に、オレはその場から走り去った。


放課後、N駅。
最近改築したらしく、改札口が思った以上にデカかった。
オレはひよりを見つけられるか不安だったが、とりあえずあいつより早く着くように、学校からダッシュで駅まで行き、家とは反対方向の電車でここまで来た。
オレの猛烈な不安をよそに、意外にもひよりはほどなくして現れた。
転校したばかりだし、寄り道する事もないのだろう。
「何なの、元春」
会って開口一番がこれ。
最近オレに対してこんな態度をとる女は全くいないので、何と言うか、久しぶりのひよりのこの感じが、ちょっと嫌になってくる。
「…なんか今日用事あった?」
「普通、そこから言わない?あんた、相変わらずバカなの?」
「用事あったんだ?」
用事があったのに強引にこんな風にするオレって、確かにバカだなと思うと、若干凹んできた。
「夜にお母さんとM駅で待ち合わせしてる。それまでだったらいいけど」
「そっか、…じゃあ、それまでちょっと話そうぜ」
オレはひよりの少しだけ後ろを歩いた。
目の前にいる彼女の身長は中学の時のままで、あれからさらに背が伸びたオレから見ると随分小さく感じた。
どこか店でも入った方がいいのかもと、歩速を緩めずずんずん先を進んで行くひよりを追いかけながら、オレは思う。

「うち来る?着替えて、出掛ける用意したいし、どっか行く時間も無いし」
「あ…、ああ」

家、と聞いて、オレの期待は嫌でも高まってしまう。
時間が無いと言われてるから、そんな事はできないっていうのはよく分かっていた。
それ以上に久しぶりに会ったひよりが、オレと同じような気持ちになっているはずがない。
「言っとくけど、うちまでバスだよ」
バス停で並んでいる人達の後ろに付き、バスを待つ。
「遠いの?」
オレは何気なく聞いた。
遠ければ、時間はさらに無くなってしまう。
「遠くないよ、歩けば20分弱ぐらい。歩く?あ、バス来た」
タイミング良くバスが来たので、オレはひよりについてバスに乗る。
乗ってしまえばあっという間に、ひよりが降りる場所まで着いた。

「そこ、入ったとこ」
「うわ、一戸建てかよ!」
同じ賃貸住宅に住んでいたひよりが、今や結構立派な一軒家住まいだ。
(すげーな…超羨ましいぜ…)
「とりあえず入って、私、着替えてくるからリビングにいて」
昔はすぐにひよりの部屋に直行していた。 リビングは家族のためのスペースで、そこにいるよりも、ひよりの部屋にいる方が安心できた。
しかし今は、女の子の部屋に入る、という事の方がハードルが高い。
カウンターのついたキッチンがあるリビングの端には、まだダンボールが幾つか置いてあった。
ひよりはすぐに下りてきた。

オレはソファーに座り、ひよりはダイニングのイスに座った。
私服になったひよりは、制服姿の印象と大差ない。
相変わらず服も地味だ。
「あんたは雰囲気は結構変わったのに、中身は変わってないね」
唐突に、ひよりがそう言った。
「変わった?どこが?どういう風に?」
自分では分からないし、ひよりの目にオレがどう映っているのかが気になった。
「昔は、いかにもヤンチャって感じ。今はちょっと落ち着いた感じ」
「マジ?そう?」
褒められた気がして、オレはちょっと緩む。
「しゃべると、やっぱりバカそうだなって思うけど」
「お前なあ…、お前は相変わらず口悪すぎ」
ひよりにバカバカ言われても、オレは全然気にならなかった。
4年も会っていないのに、すぐにこんな風に会話できている事の方がすごい。
昨日まで普通に喋っていたみたいだ。

「元春は、こんなとこまで来て…。前みたいに手でして欲しいわけ?」

「はあ?」
バッサリと切りこまれて、オレは一瞬で冷や汗が出た。
「違うの?いっつもちょっと触ると、すぐに出ちゃってたじゃん」
「ち…、ちげーよ!」
自分でも分かるぐらい、赤面していたと思う。
図星だったからか…、いや、違う。
あれは確かに気持ちが良かった…、でもそうじゃない。

確かにその事も思い出していたが、オレがしたいのは、キスだ。

ひよりのキスが好きなんだ。
「そうなんだ、違うんだ。元春もずいぶん大人になったじゃん」
へえ、意外、という顔で、ひよりがオレを見た。
ソファーにいるオレの視線は彼女より低くて、なんだか見下されているような気がした。
「お前はオレの事とか…、全然思い出さなかったのかよ」
オレは開き直って言った。
「あんなにキスとかしてたのに……、全く忘れてたのかよ」
「………」
ひよりは黙っている。

「またこっちに来たなら、連絡ぐらいしろよ」
そうだ。
オレはこいつが帰って来た事さえ知らなかったのも、気にくわなかった。
本当に、オレの事なんてこれっぽっちも考えていなかったのかも知れない。
こっちは忘れたくても忘れられなかったというのに。
「連絡して欲しかったんだ?」
「って言うか、普通するだろ」
「普通、するかなあ……?」
ひよりはニヤニヤしている。
「元春は私の事、思い出してたの?」
「は?」
「思い出してたんだ、私のこと」
好色な目、なぜかそんな言葉がオレの頭をよぎる。
(さ、誘ってんのか……?)
オレは急にドキドキしてくる。
今更ながら、イスに座ったひよりの生足が気になってくる。

「ねえ、元春、元春の…触っても……いい?」

「ああ?」
ストレートにエロい方を言われて、オレは思わず声を荒げてしまう。
オレを見るひよりの目がめちゃくちゃエロい。
「さ、さ、触ってもいいけど……」
しかし色々恥ずかしくなってくる。
4年の間を経て、いきなりこれかよ。
緊張して、オレ今日何回もトイレに行ってなかったっけ…。
「まず、キスさせろ」
そう言った直後、オレは喉がゴクンと音を立てるほど、生唾を飲んでしまった。
がっつき過ぎている。
これじゃあ、中学生の時の頃と何も変わらない。

「キス、ね……」

腹の下に見え見えの黒い思惑を抱いて、微笑みながらひよりはオレに近づいてくる。

ピュルピュピユピユルピユ……

突然、変な鳥の声みたいな音が、ひよりの携帯から大きな音を出した。
「あ、時間無いや」
ひよりは慌てて携帯のアラームを止めに行く。
「もう家を出なきゃ、元春も急いで!」
「ええっ……」
あからさまにガッカリな声を出して、オレは渋々立ち上がる。
既に立っていた方のアレが、痛いぐらいだった。

ひよりに急かされて、彼女の家を出る。
結局まともな話も、期待した行為もできないまま、悶々度500%ぐらいの状態でオレはひよりと駅まで一緒に帰った。
相変わらずの調子で色んな事をはぐらかされ、オレはひよりのメアドを聞き出すのが精一杯だった。
(あーあ……)
期待してしまう、嫌でも。
これからオレがあいつの思うように翻弄されていくなんて、この時のオレはまだ知らなかった。


 

   

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