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心に薔薇の赤、両手に棘を
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5.アキラ

泉は時々不思議に思う。
アキラもトオルも、どうして自分をいつまでも相手にしているんだろう。
彼ら二人とも、外を歩いていても目立つほどのいい男だ。
(あんなに強引な手法で自分をレイプしたりしなくても、女の子の方が近寄ってきそうなのに…)
唐突に始まった関係は、同じように突然に終わってしまうような気がした。
肉欲に溺れているだけの関係なのに、いつしか彼ら二人と付き合っているような感覚に陥っている。
いつからか泉は、彼らとの別れを怖れていた。



「いいお天気だよね」
高く晴れた空を見上げて、泉はトオルに言った。
「秋晴れ!って感じ?」
トオルは泉のひざに頭を乗せて、横になっている。

二人で昼間の公園に来ていた。
泉はこうして時々、トオルと二人で会っていた。
「平日なのにけっこう人がいるね」
回りを見渡しながら泉は言った。
少し離れたところでも、カップルが仲良さそうに座って何かを食べている。
「うん………泉ちゃん、気持ちいい…」
泉の膝で、トオルは眼を閉じた。
(かわいい…トオル)
泉はトオルの髪をなでた。
(こうしてほのぼのとしていると、ごくありふれたカップルみたいなのに…)
この歪んだ関係について、最近はあまり考えないようにしていた。
というよりも、次第に考えられなくなってきていた。
結論なんて出るわけもなく、流されるままに結局こんなのもありかな…と、思っていた。
以前と違うのは、前よりもトオルと二人きりで過ごす時間が増えたことだ。
トオルに会うのを知らず知らずのうちに心待ちにしている。
(それでも……)
心の中でトオルにどんなに好意を持ったとしても、泉にとってはトオルの存在はアキラの存在があっての彼であり、逆に言えばトオルあってのアキラだったのだ。



教授の都合で授業が時間よりも早く終わり、泉は友人たちとお茶に行こうとしていた。
学校の門の近くで、友人が立ち止まる。
「ねえねえ、あの人すごいかっこよくない?」
「ほんとだー!デッカイキムタクみたい!」
「ええ?……誰だれ?」
泉もそちらの方向を見た。
「あっ……!」
泉の反応に、驚いた友人たちの視線が彼女に集まる。
「ええー?泉の知り合い?」
「ご、…ごめん、ちょっとね…。またお茶しよーね、ほんとゴメン。バイバイ」
泉は彼の方に走っていった。

「あー……」
「もお…泉ばっかりいい男と付き合ってるー!」
「ベンツの彼といい、なんで泉の回りはレベルが違うのかなあっ」
泉が行ってしまった後は、女3人が残された。
「でも、泉、最近ほんとにキレイになってきたよね」
髪の長い女子大生が溜息をつく。
「うん。たまに聞かれるもん。あの子誰って…」
「いいよなー。……顔の可愛い子は」
「でもさあ、泉が誰と付き合ってるか聞いたことある?」
「ないー!!」
二人が口をそろえて言った。
「泉ってさ、口固いよねー」
「多分……不特定多数とみたね」
「マジでー?」
しばらく泉の噂話が続いた。


「はあ、はあ…」
泉は彼の元へ走る。
彼は濃いグレーのジャンバーを着て、深緑色のアーミー柄のパンツ姿だった。
背が高くバランスがいいので立っているだけでもモデルのように見え、人込みでひときわ目立っていた。

「アキラ!」

「え?泉?!」
校門の所に立っていたのは、アキラだった。
「クラスの子が噂してた。かっこいい子がいるよって」
「え?オレ?ははは…」
「どうしたの?…なんでこんなとこにいるの?」
泉は驚きを隠さずに言った。
「あー、えーっと……実はバスケしに…」
アキラは、ちょっとバツが悪そうにしている。
「まさか泉に会うと思わなかったな…」
「これから?試合?」
「そう…。先輩のチームがメンバーが足りなくて呼ばれて…。ここの体育会とやるの」
泉の目が輝く。
「ねえ、あたし見にいってもいい?…すごい見てみたい」
アキラのそんな姿を見てみたかった。
「…いいよ。しょうがねえな、会っちゃったからな」
アキラは少し照れているように見えた。
泉はワクワクしてくる。
「そのかわり、後で食事に付き合えよ」
「やーん、もちろん」
アキラの隣に並ぶと、泉は笑って答えた。

練習試合を見に来る人などほとんどいないようで、同じ学校の子から泉はじろじろ見られた。
体育館には小さな観客席が上にあり、泉はできるだけ目立たないところにいるようにした。
アキラのチームはなかなか強いようであり、体育会のバスケ部相手にも結構いい試合をした。

(やだ…アキラ、すごいかっこいい……)

初めて見るアキラのいつもとは違う姿に、泉はドキドキする。
彼の運動神経がいいというのは本当で、チームの中でも際立って上手い。
(アキラ…高校のとき、すごくモテただろうなあ…)
真剣に走る彼の姿には、きっと誰もが見とれてしまうだろう。
(こんな姿見たら、普通惚れちゃうよね…)
Tシャツを着ていても、筋肉質で引き締まった体型を感じてしまう。
ボールを投げる時、長く逞しい腕が締まり、伸びる。
あの腕にいつも抱かれているのかと思うと、思わず泉はゾクゾクした。


「ちょっと着替えてくるから、出たとこら辺で待ってて」
アキラは泉に声をかけて、更衣室の方へ走っていく。
ふと視線を感じて振り返ると、アキラのチームのマネージャーらしい女の子がこちらをじっと見ていた。
(あー、アキラのことが好きなんだろうなあ…)
泉と目が合うと、ツイっと目を反らす。
(もしかして、もう、アキラと肉体関係があるのかも…)
そんなことを考えながら、泉はアキラが出てくるのを待っていた。

「ごめん、待たせた。寒くなかったか?」

アキラはジャンバーを手に持ち、持ってきたTシャツに着替えていた。
「見学しても、面白くなかっただろ?練習だしな」
前髪が少し濡れていて、アキラはそれを後ろに撫で付けている。
「アキラ、すんーごいかっこよかったー!」
目の前にいるアキラに、改めて泉は興奮しながら言った。
そんなことは言われ慣れているというように、アキラは普段どおりに笑った。
「どこで食べる?オレ今日電車で来たぜ」
「じゃあ、とりあえず渋谷にでも出る?」
二人は肩を並べて歩き出した。

「こうして、歩いてるアキラを見るのが、何だか不思議……」
「何だよそれ。」

こうして並ぶと、アキラは泉よりもかなり身長が高い。
「オレも、服を着た泉を見るのが変な感じだよ」
「もうっ」
泉はアキラを軽くたたいた。

山手線は帰りのラッシュで、かなり混雑していた。
電車が揺れて、見知らぬサラリーマンの体重が泉にかかってくる。
アキラは黙って泉の肩を抱いて自分の方に引き寄せた。
彼の体から、甘いような爽やかな匂いがしてくる。
(あ、アキラの匂い…)
アキラとぴったりくっついて、電車に乗っているのがとても変な感じだった。
彼が急に他人のように思えて、泉はドキドキしてしまう。

「アキラ……」
「んん?」
「…変なの…」
「そうだな…」
アキラのあごの下に密着した泉の頭があり、髪からいい匂いがした。
渋谷でどっと人が動き、二人も電車を降りた。

夜になると、外の風は冷たい。
「あー、混んでたね」
泉が少しふらつきながら、ホームを歩く。
「……」
アキラはそんな泉を見つめた。
グレーの膝下のスカートに、水色の薄手のニットを着ている。
普通の格好をしいても、泉を美しいとアキラは思った。

相変わらず混雑したままの改札を出て歩きながら、アキラは言った。
「…腕、持っとけよ」
「あ…?」
はじめ泉は意味がわからなかったが、腕を組んでもいいという事にすぐに気づいた。
「……」
泉はそっとアキラの腕に手を回す。
もうあたりはすっかり暗くなっていて、街のネオンが眩しい。

「何だか……」
「?」
「…何でもない」
「何だよ。言えよ」
「…」
「何だよ…。言いかけて辞めるなよ」
アキラの歩速が遅くなる。
ぎゅっと彼の腕をつかんで、アキラの目を見ずに泉は言った。

「……照れちゃう……変なの…」

アキラには、そんな泉の姿が強烈に可愛く映った。


アキラが昔、少しバイトをしていたというバーに入った。
ところどころに間接照明があり、白壁の店内を柔らかく照らしていた。
「ちょっと内装が変わったな、昔はもっと暗い感じで」
店員が近づいてきた。
「オレ、ビールね。泉は?」
「じゃ、あたしも」
アキラは灰皿を引き寄せながら、タバコに火をつける。
「泉は、飲めるほう?ダメな方?」
「んんー、多分普通くらいかな。あ、やっぱりけっこう飲めるかな」
そう言って泉は照れくさそうに微笑んだ。
アキラは煙を吐く。

「そういえば、オレ泉のことあんまり知らないな…」

「あたしも、アキラのこと、全然知らないよ…」
「全然って……他のヤツが知らない事、泉はいっぱい知ってるだろう?」
アキラは笑う。
それでも泉は真剣に続けた。
「さっき歩いてるときに思ったよ…。二人で並んで歩いたのも、今日が初めてだし」
「ほんとだな…そういわれてみれば…」

他愛もない話をしているうちに、時間はあっという間に過ぎていった。
精算をして、二人で渋谷駅まで歩く。
「泉を抱きたいとこだけど、今日は帰るわ」
「うん。…ありがと、アキラ。すごい楽しかった」
泉の知るアキラとはまた違う別の普段の顔が見れて、本当に泉は嬉しかった。
「オレ、自宅だから…。途中まで一緒だよ。送ってくよ」
まだしばらく一緒にいられると思うと、泉は胸の奥がキュっとした。


駅に着いて、電車を下りる。
「アキラ…もしかして家まで歩いて送ってくれるの?」
「え?送ってくって言ったじゃん?」
驚いている泉を見て、アキラは続けて言った。
「何だよ。家まで送ってもらったことないのかよ?」
「……電車で、でその後歩いてって、……ない……」
今度はアキラが驚く。
「おまえは今まで、どーゆー男と付き合ってたんだ?」

歩きながら二人で話した。
「そうなんだぁ…。彼氏って、普通家まで送ってくれるもんなんだ…」
都会の喧騒の中とは違い、道路はしんと静まっていた。
泉はアキラの腕から手を離す。
「じゃあ、またね。アキラ」
「ああ」

ちゅっ…

アキラは泉に軽くキスした。
「またな」
急にふわりとキスされ、泉はドキドキしてしまう。
激しい行為の後、車で送ってくれる時にも毎回のように彼にキスされているのに。
アキラはすぐに背を向けて歩き出した。
そんな後ろ姿を、見えなくなるまで泉は見送る。

(アキラ……“また”トオルの部屋で会う、ってこと…?……それとも…)

トオルのことが好きだと思っていた。
それなのにアキラとこうして少し過ごしただけなのに、彼にも強く惹かれてしまう。

彼を避けていた本能が動き出す…。
そしてそれは、泉自身の背中を押して新しい道を探そうと立ち上がる。
アキラに、夢中になってしまいそうな予感がした。

 

   

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