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言いなり学園
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13.呼吸

誰かが話している声が聞こえて、楓香は目を覚ました。

目を開けると、そこにいたのは謙介だった。
「ケンちゃん……」
「楓香」

謙介は立ち上がると、横にいた保健室の先生を呼んだ。
「笹原さん、大丈夫?」
「あ…」
女性の保健医を見て、楓香は戸惑う。
「あの……、私…?」
保健医の後ろに、謙介が立っている。
(ケンちゃん…)
「廊下で具合が悪くなって、保健室で休んでいたのよ」
(ああ、私…)
眩暈がして、一瞬何も見えなくなった。
保健室までどうやって来たのか覚えていない。
確か、その時に…。
(試験、ケンちゃんに勝てなかった)
思い出すとまた頭が痛くなりそうだった。

「頭とか打ってるわけじゃないし、ここまで歩いて来れたから、大丈夫だと思うけど…顔色が悪かったし、多分貧血ね。どう?起きられそう?」
楓香は周りを見渡した。
少し休んだせいか、気分もだいぶスッキリしていた。
「大丈夫だと思います」
「顔色もだいぶ良くなったわね。じゃあ、事務の人に車が回せるか聞いてくるね」
保健医はそう言うと、謙介に目で語ってそのまま部屋を出て行った。

保健室に、楓香は謙介と2人きりで取り残される。
「大丈夫か」
「うん…もしかしてここまで…」
謙介が運んでくれたのかも知れないと思った。
「オレは連れて来ただけだ。お前は何とか歩いてたぞ」
「そっか……でも、ありがとう」
意識が飛ぶ間際、『楓香』と名前を呼んでくれたのは謙介だったんだと、楓香は確信した。
「お前、顔色悪いな。ずっと、無理してたんじゃないのか」
「ん……」
謙介から、『ずっと』と言われるのは意外だった。
楓香は体を起こし、ベッドに座り直した。
「……」
「……」
謙介はじっと楓香を見た。
「起きても大丈夫か」
「うん、大丈夫そう…」
楓香は謙介の優しい言葉が嬉しかった。
こうして会話するのは2カ月以上ぶりだった。
もし試験で謙介に勝っていたなら、もっと堂々と彼と話せるのにと、楓香は思った。
「……私、やっぱりケンちゃんに勝てなかった…」
「でも負けなかっただろ」
「負けてたじゃん…」
謙介の言葉に、楓香は自嘲して少し笑ってしまう。

「お前、掲示版、見てないのか」
「見たよ。ケンちゃんが1位だった」
口にすると悲しくなり、思わず楓香は謙介から目をそらした。

「楓香も1位だっただろ」

「え…?」
(1位…?)
何の事だか分からず、楓香は戸惑う。
「だって、ケンちゃんの名前が一番最初に…」
「あれは名簿順だろ。オレの隣に、同じ点数で楓香の名前が書いてあっただろう」
「嘘……」
「見てなかったのか」
「気分が悪くなって、ケンちゃんの名前しか見れなかったの」
楓香は急にドキドキしてきた。
まさか、自分が謙介と同じ点数だったなんて、全く思っていなかった。
「……本当に?本当に私も1位なの?」
「そうだよ。だからすごい騒ぎだっただろう」
「………嘘…」
楓香は複雑な気持ちだった。
(ケンちゃんと、同じ点数……)
信じられなくて、指先が震えてくる。
「でも、…勝てなかった事には変わらないよ…」
楓香は震える指先を見つめて思う。
謙介よりも良い点を取ると宣言した。
結局それができなかったのなら、結果的には楓香にとって同じ事だった。
「楓香って、オレの言う事なんでも聞くくせに、負けず嫌いだよな」
「…だって」
楓香は顔を上げた。

謙介の右手が、楓香の頬をかすめる。
その手は耳の後ろを通り、首筋へ伸びた。

楓香が引き寄せられた瞬間、謙介の唇が楓香の唇へ重なる。


(あ……)

柔らかい、と楓香は思った。
体の色々なところを愛撫したその唇は、こんなにも柔らかかったんだと。

唇が離れるまで、楓香はずっと目を開けていた。
体中が固まったまま、ただ謙介を見ていた。
「何……?なんで…?」
わけが分からずに、楓香は泣きそうになる。
「頑張ってただろ。ご褒美」
「何それ…」
楓香の瞳から涙が一筋、ボロリと零れ落ちた。
「痩せたな、楓香」
「………」
「こんなに頑張らなくても、良かったのに」
謙介が楓香の髪を、まるで子どもにそうするように、撫でた。
その手の優しさに、楓香はまた泣けてしまう。
「ケンちゃん……」
楓香が手を伸ばすと、謙介の手は楓香の背中に回る。
彼の胸に寄り添いながら、楓香は泣いた。


「外出中のお母様には左近君の方から連絡を入れてもらったから、このまま2人は早退しなさい」
保健医の先生は戻ってきて、謙介達を連れて車が待つ教師用の入り口へと向かった。
戻った時に楓香が泣いていて、謙介がそれを慰めるようにしている姿を、保健医は見ていた。
既に2人が学年主席だという事は教師の間で知らない者はいない。
特に常にトップだった謙介に並んだ楓香への教師たちの印象の変化は、凄まじかった。
今の謙介達は、何をしても大目に見てもらえる状況だった。

普段ほとんど関わらない事務員の車で、道案内をほとんど謙介がして、2人は楓香の家まで送ってもらった。


楓香の部屋へ、謙介も入る。
「楓香のお母さん、今日は夜になるまで帰れないって。それまでオレにいてくれって言ってたよ」
「連絡してくれたんだね…ホント、ありがとう…」
(ケンちゃんが私の部屋に来たのって、何年ぶりだろう)
それだけで楓香は緊張してしまう。
先程のキスで、またクラクラしていた。
一方謙介は部屋の色々なところを、ジロジロ見ていた。
「楓香の部屋って、こんな風だったっけ?」
「だいぶ変わったかも…。って言うか、散らかってるからあんまり見ないでくれる?」
楓香の恥ずかしそうな顔を見て、謙介はフっと笑ってしまう。
「着替えて、ベッドで休んだら?まだそんなに具合良くないだろ」
「…じゃあ着替えるから、こっち見ないで」
「見せろよ」
そう言う謙介は、今までの彼の様子と変わらなかった。
「嫌」
楓香は謙介に背を向け、黙々と女子特有の脱がない着替えをして部屋着になった。

「食べれそうなら、夕飯うちで食うか?」
「ケンちゃんとこで?」
「貧血になるぐらいだから、どうせ栄養不足なんだろ。ちょっと勉強したぐらいで体調崩すなんて、お前もまだまだだな」
「………」
楓香はムっとして謙介を見たが、心の中は嬉しかった。
こんな風に普通に話してくれる彼が大好きだった。
「緑川さんに用意してもらうけど、どうする?」
「じゃあ…お言葉に甘えようかな」
楓香はベッドに腰掛けた。
謙介は携帯を出す。
「それまで寝て、休んでろよ」
そう言うと、謙介は家に電話をかけた。

楓香は謙介に言われるまま、布団をめくりベッドに入った。
(久しぶりだな…ケンちゃんの家)
キス事件があったあの日以来だった。
(緑川さんにも、心配されたかも…)
今更ながらに、恥ずかしい。
それでも自分の部屋にいる謙介を見ながら、楓香は幸せな気持ちになっていた。
「ケンちゃん、ここにいてくれるの…?」
眠ったら謙介が帰ってしまいそうで、楓香はすがるような声で聞いた。
「お母さんに、帰るまで楓香のとこにいるって言ってるし、いるよ」
謙介がベッドに近づく。
ベッドで横になった楓香は、謙介を見た。
「じゃあ、……いて」
「………」
「寒く無い?この部屋」
「寒いかもな」
謙介は制服のブレザーを脱いだ。
眼鏡を外すと、楓香の勉強机の上に置いた。

掛布団をめくり、彼もベッドに入ってくる。
楓香はその一連の謙介の動きに、心臓が飛び出そうなぐらいドキドキしていた。
「ケンちゃん…」
「うん」
謙介は声だけで頷くと、楓香を抱きしめた。

(ああ……)

唇が自然と重なる。
楓香は、今度は目を閉じた。
(嘘………夢みたい)
絶望で一杯だった数時間前の自分からは考えられない状況だった。
(ケンちゃんの唇……好き…)

「ケンちゃん……好き…」
楓香は唇を離して、ため息とともに言葉を漏らす。
水中で息継ぎをするように、大きく息を吸った。
「うん…」
謙介がすぐに楓香の唇を塞ぐ。
「ん、…ケンちゃん…」
「……もう黙っとけ」
「………」
謙介の唇が、何度も何度も楓香に重なった。
これまでの時間の分を、取り戻すかのように、何度も。

楓香は謙介に腕を回し、その温もりを確認した。
(ケンちゃん……ケンちゃん…)
嬉しすぎて、体ごと溶けそうだと思った。
キスに慣れない楓香は、苦しくなる。
それでも謙介のキスは止まらない。

(どうしよう…幸せ…)

楓香が眠りにつくまで、ずっと謙介のキスは続いた。


 

   

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