手に触れることができない――――


それがこんなにも不便で不自然だということを、実際に佳奈美と付き合ってみて痛感する。
二人で歩く街の雑踏の中。
佳奈美と離れそうになって思わず無意識に手を伸ばした。
オレの手が彼女の手に触れた。

「あっ！」

佳奈美はまるで熱いものにでも触れたように、オレの手からさっと自分の手を引く。
「あっ…、ごめん」
オレと佳奈美はほぼ同時に言った。
佳奈美はバツの悪い顔をする。
「ホント…ごめんね…」
「いや、佳奈美のせいじゃないし」
オレは慌てて否定したが、こういう状況、もう一度や二度じゃなかった。


オレの彼女……佳奈美は、『手』が異常なほどに感じてしまうんだ。


彼女はその事に対して、ホントに悩んでるみたいだった。
オレ以外には、他に誰にも言ってないらしかった。
『手が感じる』なんて、実際にどんな感じなのかは、オレにもよく分からない。
それでも以前に試してみた時には、オレが彼女の手に触れたり、その手にキスしたりしているだけで彼女は軽くイってしまってたっぽかった。
何となくだが、オレの想像としては佳奈美の手は性器が露出しているぐらいのイメージだった。
それってすごい事だ。

付き合うことになって２ヶ月、キスしたりちょっと抱きしめたりは したけれど、未だに手も握ることすらできない状態だった。
同じ陸上部でクラスも一緒の彼女。
普段の佳奈美は一見クールに見える。
カワイイ系とキレイ系で言ったら、どちらかというとキレイ系だと思う。
佳奈美からイメージする色は、暖色系よりも澄んだ水色や青だ。
そんな彼女が、手のひらを触られるだけで見せる表情は、何よりもオレをドキドキさせた。

『触れることができない』…

そんな状況は、日々オレを悶々とさせた。
そして、オレはとうとう決意した。


日曜日の昼下がり、うす曇りで外を歩くと寒いぐらいの冬らしい日だった。
街で佳奈美と昼食をとって早々とオレは店を出た。
「何？…急いでる？どこか行きたいところでもあるの？」
佳奈美は無邪気な表情で、オレの後をついてきた。
「うん…」
オレは曖昧に答えた。
本当なら、手を引いて歩きたいところだった。
それでもオレ達、というか佳奈美の体質のせいでそれはできない。
だからオレは佳奈美の少し前を、ダウンンジャケットをカシャカシャ言わせながら黙って歩いていった。
オレが今から行こうとしているところ…、佳奈美を連れて行こうとしているところ。
ウワサには聞いてた。
だけどそこが実際にどんなところなのかは、漠然としたイメージでしかなかった。
男友達でも経験のあるヤツはいたがそんなヤツはオレの周りではごくわずかで、何だか相談するのも気が引けて、結局はインターネットでオレは情報を収集した。

「えっ……」
オレの向かう先が、佳奈美にも分かってきたみたいだった。

――オレ達がまっすぐ歩いているその先には、ラブホテルが立ち並んでいた。


不自然に派手な建物が並ぶ景色の中、オレは歩き続けた。
「どうしても」
佳奈美を見ないでオレは言った。
「どうしても、…佳奈美の手の事が気になって」
「……」
「どうにかならないかなと思ってたんだけど…」
「うん…」
オレの後ろで小さく頷く彼女。
その声にオレは後押しされる。
「人前じゃ、どうにもできないだろ？」
「……そうだけど…」
オレは振り返った。
佳奈美とまともに目があう。
彼女は一瞬にして真っ赤になってしまう。
「………佳奈美のイヤがる事はしないよ」
あんまり自信がなかったが、勢いでオレは言ってしまう。
「…分かった…」
佳奈美が頷いたときには、オレは彼女の手首を掴んでホテルの入り口に一歩入っていた。

パネルの前で、オレは空室の少なさに愕然とする。
日曜日の昼間から、こんなにそんな事をしている連中がいるのかと思うと、本当にここはまるで別世界だ。
「………」
選ぶまでもなく、空いている部屋で適度な値段の部屋のボタンをオレは押した。
佳奈美は恥ずかしそうに下を向いていた。

「………」
壁の矢印の誘導に従って、オレ達はエレベーターに乗った。
「……」
なんて言ったらいいのか分からなくて、お互いに黙ったままでいた。
こんな時に、普通に手をとることができたらと今改めて思う。
到着するまで随分と長く感じた。
降りたフロアでも壁の誘導に付いていき、番号が点滅した部屋のドアをオレは開いた。

「こんなとこ……」

ドアを閉めると、すぐに佳奈美が口を開いた。
「初めてきたよ…、なんか、すごいね…」
「…オレだって初めてだよ」
想像していたよりも、室内は狭く、そして地味だった。
もっとエロっとした感じなのかと思っていた。
ベッドが室内の大半を占めているのが不自然で、改めてそういう場所なんだと思う。
ここで一体何人がヤったんだと考えると、少しうんざりした。
だが、その考えもすぐに消えてしまう。

今、こんな場所でオレは佳奈美と二人きりなのだ。

「暑いね…」
「あ」
佳奈美に言われて気づいたが、室内は暖房がガンガンに効いていた。
オレはダウンジャケットを脱いだ。
彼女はフードに茶色いファーの付いた白い短いジャケットに手をかける。
緑がかった薄い灰色のスカートから佳奈美の細い膝が見える。
さっきまで彼女はこげ茶のブーツを履いていた。

部屋の隅にあったハンガーに、オレと佳奈美は上着をかけた。
ぎこちない動作のオレ達。
「……」
オレはおもむろに佳奈美の片手首を掴んだ。
「！？」
佳奈美は驚いてオレを見る。
その様子は不安そうだった。
「……あの、公園のときから…」
オレは切り出した。
「佳奈美、…手の様子、全然変わってないのか？」
佳奈美はオレをちょっと悲しそうな目で見ると答えた。
「…うん…。………多分」
オレはそのまま彼女を引っ張って、ベッドの端に座った。

「手、出してみて」

「……」
佳奈美は恐る恐るオレの膝の上に両手を置いた。
まるで手相鑑定でもしてもらうかのように。
「なんか、変だな」
オレは思わず言ってしまう。
「……だって実際に変なんだもん」
佳奈美は困った様子で言った。

オレはそっと彼女の手のひらの上に自分の手を重ねた。

「……」
神妙な様子でそれを見守る佳奈美。
オレはゆっくりと佳奈美に触れた手に力を入れていった。
「あっ……」
佳奈美の顔が軽くゆがむ。
「……えっ、もう？」
オレは手を止める。
「はぁ…」
ため息をついた後、佳奈美は言った。
「何ていうか……『くすぐったい』をもっと敏感にした感じ…」
「…ふうん…」
「まだ、別に大丈夫だよ」
（いきなり感じるっていうんじゃないのか？）
前に公園で佳奈美とこうした時のことを、オレは思い出そうとした。
それでもあの時の佳奈美の表情や姿ばかりが印象に残っていて、具体的に何がどうだったのかオレの中では既に分からなくなっていた。
あの日の彼女の表情は…一体何度オレの中で反芻されたことか。
その顔を想像して、オレは背筋がブルっと震えた。

さっきからオレは、彼女の手を触ったり握ったりを繰り返していた。
「あっ……、ちょ、ちょっと…待って…」
オレは佳奈美の手を引き寄せて、指先にそっと唇をつけた。

佳奈美は一度下唇をかみ締めて、そして息をつく。
「はぁ、はぁ……」
いつか見せた、あの顔になっていた。
オレはそのまま彼女の指先を咥えた。
舌先で、敏感な佳奈美のその指を愛撫する。

「…み、…、水城くん……」

ふとオレを見た彼女のその上目遣いが、オレの理性を弾けさせる。

「佳奈美…」

オレは佳奈美にキスした。
ホテルに入ってから初めて唇に触れた。
そのつもりだったのに、それでもキスしてしまえばきっと止められない事は分かっていた。
オレは佳奈美とベッドに倒れこんだ。


「んっ……ん」
佳奈美の苦しそうな声。
オレは夢中で佳奈美にキスしていた。
「佳奈美……」
オレの体の下にいる彼女。
『手』のことなんてすっかり忘れて、オレは彼女の胸を服の上から触っていた。
「………水城くん」
佳奈美は不安げな様子で、オレを見上げた。
「……ごめん……」
ついオレは謝ってしまう。
それでも佳奈美から離れられない。
「…ううん…」
彼女は首を振った。
オレは思わず喉が鳴る。
「……いいの…？」
上ずった声でオレは聞いた。
佳奈美は目を閉じて、黙ったまま首を縦に降った。

「佳奈美」

彼女がどんな体つきをしてるとか、そんな観察ができる余裕なんて全然なかった。
夢中でオレは佳奈美の服を脱がした。
薄いニットのセーターを脱がすのに手間取り、スカートをどこから外していいのか分からなくて戸惑う。
それでも気付くと、彼女を全裸にしていた。

「……あ」

彼女のその場所に触れたとき、オレは思わず声を出してしまった。
佳奈美のそこはオレが想像していたよりもずっと濡れていて、触れたオレの手がヌルヌルと滑るほどだった。
「やっ…」
佳奈美が小さく声をあげる。
彼女の足。
陸上部で見慣れているはずのその足は、実際この至近距離で見ると意外にしっかりしていて、曲げた太腿には筋肉の筋が入る。
しなやかなその足の間、彼女の最も敏感であろうそこにオレは今触れている。
そしてその場所は、普段の凛とした彼女からは想像できないほど潤んでいた。
（佳奈美……）
オレは何も考えられなくなっていた。
ただひたすらに、彼女のそこに自分の意識すべてが集中したこのペニスを埋めたくて仕方がなかった。
佳奈美は目を閉じていた。
部屋の電気は明るいままだった。
裸の彼女は白くて、美しかった。

「………」
オレは『愛撫』という行為をすっとばして、佳奈美の足を広げて自分の体を押し付ける。
指先で、彼女の入り口を探した。
佳奈美のそこはオレの指をよく滑らせて、その場所へと導いてくれた。
（こんな、狭いとこ……）
入るのか、と一瞬思ったがその状況を想像してオレの興奮は一気に高まる。
頭が真っ白になった。

オレは自分のモノを佳奈美のそこへ狙いをつけると、何度となく体を入れようと試みた。
なかなか入らなくて焦りから思わず力んで腰を入れたその時、先の部分が彼女へと吸い込まれた。


「……ああっ！」

大きな声を出して、佳奈美が体を仰け反らす。
彼女の中へ入っているのはまだごく一部だけだ。
やっと佳奈美の顔を見ると、とても苦しそうにしていた。
「痛いの…？」
思わず言ってしまう。
「うん……あぁ…」
佳奈美は頷いて、そして眉間に皺を寄せた。
オレは一瞬躊躇したが、ここまで来て止められるわけがなかった。
やっと挿れることができたその場所へ、オレはもっと腰を入れた。

「ああぁっ…！」

佳奈美がオレの肩を掴んだ。
彼女は既に充分すぎるほど濡れていたから、オレのモノは佳奈美の奥まで簡単に入ってしまった。
（………）
佳奈美の中はかなりキツくて、オレは女の体は皆こんな風なのかと一瞬思ってしまった。
「……はあ、はあ……」
全然動かしていないのに彼女はすごく苦しそうだった。
「……佳奈美」
肩に回っていた彼女の腕を、オレは無意識に取った。


「……ああ！あああんっ！」

彼女の反応が変わる。
セックスしたくてたまらなくてそればっかりだったオレは、改めて彼女の性癖を思い出した。
「………」
好奇心と興奮と、そして何よりも今ひとつに繋がっているという事実がオレを熱くさせる。
オレは彼女の両手に自分の両手を重ねた。
そして何度も彼女の手のひらを触った。
「……ダメっ…、あっ、あぁんっ…！」
（すごい……）
佳奈美の内部は、初めてのオレでも分かるぐらいにギュウギュウとオレを締め付け、そして動いた。
重なった手を動かす度に、彼女の中はオレのものを掴む。
（ああ……）
童貞だったオレが、この動きに耐えられるわけがなかった。
（ちょっと、…すごすぎる…ヤバイ…）
オレは彼女を味わうまでもなく、ただ必死にもうそこまで来てしまった自分の衝動と闘っていた。
彼女の右手を引き寄せ、キスする。口の中へ、彼女の指を入れた。

「はあぁっ、…あん、あんっ…だ、だめっ…あぁ、あぁんっ…」
彼女の体が固くなる。
繋がった佳奈美の腰が持ち上がり、腰が仰け反る。
その動きで、オレにも限界が来る。

（ああ……佳奈美…）

オレは彼女の手を取り、夢中で腰を動かしてその瞬間を迎えた。
佳奈美は、あまりにも良すぎた。
彼女とのセックスの快感は、オレの想像を遥かに越えていた。


「はぁ……はぁ……」
佳奈美はまだ肩で息をしていた。
さっき彼女から自分のモノを抜いたとき、佳奈美が太腿の方まで濡らしているのが分かった。
その姿は本当にいやらしくて、オレはしばらくこの映像で過ごしていけそうだと思ってしまった。
オレは彼女の横に、寝転がった。
「大丈夫……？」
グッタリしている佳奈美に声をかけた。
「……うん」
先ほど手のひらに触れたとき、明らかに反応が変わった。
そしてハッキリと分かるほど、彼女の内部の様子も変化した。

「水城くん……」
佳奈美が薄目を明けてオレを見た。
睫毛を通して瞳の奥まで潤んだように見える。
こういう彼女の顔つきが、オレは本当に好きだと思う。
「ん？」
思わず佳奈美の肩へオレは腕を回した。
「……あたし…イっちゃったかも……」
「………」
恥ずかしそうに目を閉じる佳奈美を見ると、オレの動悸はまた激しくなってくる。
「……マジで……？」
「…恥ずかしい……初めてなのに…」
佳奈美はオレに抱きついてきた。

手のひらのせいだっていうのは分かってた。
それでも自分とのセックスでイってくれたっていうのは、マジですごく嬉しい。


「………すごいね…水城くん」

別にオレが何をしたってわけでもなかった。
だけどそう言われると、心底テンションが上がってくる。
「佳奈美……」
「うん…」
オレの胸にぴったりとくっついてる彼女の頬の感触がすごく心地良かった。
素直に可愛いと思う。
こうしてると今までの恥ずかしさとか迷いとか、ものすごく小さな事だった気がしてくる。
思わずオレは言ってしまった。

「やっぱ、すごい好きかも」

言葉に出してみると安っぽい。
だけど、……多分、オレは『すごい好き』以上に好きだ。
佳奈美を抱きしめながらそう思った。
愛しさがこみ上げてきて、体がチクチク痛いぐらいだ。
彼女の手が感じやすくても、そうでなくても、オレは彼女を好きだったと思う。


これからのオレ達―――
佳奈美の『手のひら』は、オレの期待感を膨らませた。