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 LET THERE BE LOVE
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16.蕾

「ずっと、愛してるから……」

病室のベッドで、私は眠っていた。
麻酔や薬のせいで、ほとんどの時間を私は薄い睡眠に費やしていた。
透のかすれた声。
意識はハッキリとしていた。
金縛りのように、体が思うように動かなかっただけだった。
目が開かない。
それでも、透の声は聞こえた。

「離れなくちゃいけない……オレは…」

小さな囁き声。
(何て言っているの…?)
私は懸命に耳を澄ました。
分からない。
それでも、透が泣いているのは分かる。

涙が、私の頬を伝う。

体は動かないのに、私も泣いていた。




あのとき、透が何を言っていたのか、今でもよく分からなかった。
ただ、辛くて、ただ切なかった。
彼が自分を責めていたのは分かる。
私にも過去があるように、彼にも重い過去があるのだ。

それでも私たちは、暗い鏡を見るようなお互いの瞳の中、同じ光を見つけ出した。


結局、卒業まで彼に会うことはなかった。
普通に見れば、別れたことになるのかもしれない。
それでも、私たちは「さよなら」という言葉を交わしたわけじゃない。
曖昧なまま、離れたのだ。


「紗羽、卒業おめでとう!やっとだね」
1年早く卒業した友人たちが、式にかけつけてくれた。
「わざわざありがとう…」
表面上のつきあいだと思っていたのに、顔を見るとほっとしていまう。
(不思議なものよね…)
もっとああしたら、こうすれば良かったと、今更ながらに後悔する気持ちが薄くよぎる。

長かった学生生活、しかし医師を志す私はまだまだスタートラインにも立てていない。
これからの方がずっと長いのだ。
会場はシンと冷えていたけれど、外に出ると日差しはもう春だ。
「色々あったけれど、……卒業、おめでとう。紗羽」
卒業式で、母は泣いていた。
「ありがとう」
言葉どおり、私は素直に感謝していた。
母が義父と出会わなければ、私はここにいない。
義父があんなことさえ私にしなければ、きっと申し分のない生活だったはずだ。
見て見ぬふりをしていたにせよ、こんなことになるとは母は思いもしていなかったであろう。

ここにいなければ透と出会うこともなかった。



寮を引き払い、改めて一人暮らしを始めるつもりだ。
臨床研修までの間、短い春休みだった。
電車を乗り継ぎ、私は西へ向かう。


「あ、もうすぐ」

吹く風も今日は穏やかだった。
大学病院と駅までを繋ぐ道は、桜の並木だ。
あと少しで開こうという蕾は、触れればはじけてしまいそうに丸く、赤い。
私はそれを見つめ、思いをはせる。
葉をつけていない枝の間から見える光は、眩しかった。
花開いた姿を想像しながら、私は歩いた。

透と別れてから、もう2年以上。
病室で見た桜、学内で見た桜、そして今見上げる蕾。
それぞれに違う思いで、この時期を迎えた。
同じように見えて、季節が巡る度に微妙に姿を変える。

「透……」

彼の名前を口に出す。
愛しすぎる、その響き。

片時も忘れたことがない。
いつも側にいるんじゃないかと思うぐらい、私の心は透に近かった。
彼もそうだといいと思う。
この2年以上、話すどころか連絡さえとっていない。


受付で、名前を告げた。

外に出て、真っ直ぐ続く街路樹を見ながら、私は待った。



「……紗羽……」

自動ドアが開き、驚いた透が外へ出てくる。
はおった白衣の間から見えるシャツが、相変わらず高級そうだ。
短く切られた黒い髪に、少し痩せた顔。
随分経っているのに、以前よりも少年っぽさが増していた。
だけど、変わらない。
まるで時を越えたように。

私は頷いた。

この瞬間まで、ガマンしていた想いが一気にこみ上げてくる。
彼の目を見れば、分かる。

最初から………きっと分かっていたのだ。






~LET TEHRE BE LOVE~ 終わり~



愛がそこにありますように
just remember I'll be by your side...  Let there be love.

 

   

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