「ああっ…、はあっ…あぁっ…」
楓香は謙介に腕を伸ばす。
謙介は楓香の掌に、自分の手を合わせる。
そのまま指をギュっと握ると、楓香の両肩の横へ手を押しつけた。
シーツが擦れる。
「ああ…あっ…」
謙介に体を揺すられている事が、楓香には嬉しくてたまらない。
謙介の動きに合わせて、楓香の柔らかい乳房が揺れた。
「はぁっ、はぁっ…あぁんっ…」
(気持ちいい……もう、変になりそう…)
昨晩から何度結ばれたのだろう。
裸で謙介と繋がっている事が自然で、離れてもすぐまた求め合ってしまう。
彼が入ってくる度に、楓香は自分の中の感度が増していく実感があった。
(もっと…入って来て…)
楓香は自分から謙介へと、腰を擦りつけてしまう。
謙介はそれに応えるように、動きを早めた。
「うあっ…!」
楓香の腰が伸びる。
中に感じる生の彼の感触に、意識全部が集中していく。
「あ、あっ…、あっ…」
(ああ…またイっちゃう…)
真ん中に集まり、一気に体中へ解放される快感に、楓香は思わず自分の指をかみしめる。
謙介は楓香の中から自分のものを引き抜くと、自らの手で、濡れたそれを扱く。
「はぁっ…、はぁっ…」
彼もまた息が上がっていた。
下を向いた謙介の汗が、ボタボタと楓香のお腹へと落ちる。
「はぁっ…」
謙介のそこから、透明の液体が数筋、流れるように出てくる。
それは微量だった。
(嘘だろ……)
「どうしたの…?」
謙介の様子に気付いた楓香が思わず声をかける。
まだ快感の中にあるのか、その声はかすれていた。
「こんな事あるんだな」
ベッドに置いたままのタオルで顔を拭き、謙介は楓香の隣へ横になる。
「もう出ないんだけど…、お前、どこまでオレから搾り取れば気が済むの?」
「ホントに…?」
「ああ」
返事をする謙介も、まだ呼吸が整っていない。
「…し過ぎちゃってるよね…昨日から…」
時計を見るとまだ午前10時だった。
何とか起きて朝食をとり、仮眠を取ろうとしてベッドに入り、また抱き合ってしまったのだ。
「お前は…、可愛い顔してるのに性欲強いな」
そう言いながらも、謙介の口元は緩んでいた。
「そうやって、よく人の事が言えるよね」
やっと落ちついてきた楓香は謙介を少し睨むが、その目は謙介への好意で溢れている。
「外、行くか?」
「うん…せっかく旅行なのに、全然部屋から出てないもんね…」
昨日部屋に着いてから、ほとんどの時間をこうしていた。
楓香は起き上がりかけて、また謙介の肩へと戻る。
そんな彼女の背中に、謙介は両手を回した。
平日の観光地は穏やかで、年配の団体や、学生、外国人らでそれなりに賑わっていた。
「家にお土産買わなきゃ…」
「楓香の家のはオレが買うから」
「じゃあ、私がケンちゃんのおうちに買うよ」
そう言って同じものを選び、2人は笑ってしまう。
こうして過ごす普通の時間に、楓香はずっと憧れていた。
楓香にとって、憧れていた事の全てが先日からどんどん叶っている。
(嬉しいなあ…夢みたい)
ただ彼の隣を歩いているだけで、楓香は笑顔になってしまう。
「写真撮ってもらえますか?」
女子大生の集団から、楓香は声をかけられる。
「いいですよ」
緑に溢れる景色を背景に、橋の上でシャッターを押した。
「ありがとうございます」
「いいえ、全然」
女子大生たちからお礼を言われ、楓香はカメラを返す。
「撮りましょうか?」
女子大生は楓香と謙介に笑顔を見せて言った。
「……」
楓香はチラっと謙介を見る。
(撮りたいけど…)
「撮りたいの?」
意外にも謙介は普通の調子で楓香に言った。
彼が冷たい態度をとるのは楓香の前でだけで、学校で過ごしている時や普段、人前にいる時の彼はおおむね感じが良い。
楓香が戸惑っているうちに、謙介は笑顔で自分のスマホを女子大生に渡した。
「すみません、お願いします」
写真を撮り、去っていく女子大生たちの声が聞こえる。
「男の子、すごいカッコ良かったよね」
「ああ、もう羨ましい~~」
「女の子もすごい可愛かったよ、すごい美形カップルだったねー」
(聞こえてますけど…)
楓香は恥ずかしくて、去る女子大生の姿をただ見ていた。
謙介がスマートな態度をとったのが、意外でもあったが反面納得もできた。彼らしいと言えば彼らしい態度だった。
「ケンちゃん、写真私にも送って」
「送ってもいいけど…」
携帯を握って、謙介は意地悪な笑顔を楓香に向ける。
「もしかして…また何かさせる気?」
楓香は警戒する。
「いや、別に。今送ってやるよ」
謙介はすぐに楓香へ写真を送信した。
「何かをエサにしなくても、お前はオレの言う事なら何でも聞くしな」
「き…、聞かないよ…!何でもは…」
現実的には謙介の言う通りなのが、楓香は悔しかった。
謙介の側にいられるなら、本当に何でもしてしまうだろう。
しかしそれでもいいと、楓香は思っていた。
宿に戻り、2泊目の夜になる。
楓香と謙介はベッドの上でお互いに向き合った状態で座り、長い時間キスしていた。
(ケンちゃん…)
「んっ…はぁっ…」
唇を離すと、息が上がる。
(もう、蕩けそう…)
そのまま謙介の肩に、楓香は自分の顔をくっつける。
謙介は楓香を抱きしめながら、ベッドに倒れていく。
「………」
すぐそばにある謙介の顔に、楓香は胸がギュっとしてしまう。
眼鏡を外している彼は、幼く、優しく見える。
謙介は楓香の頬を触った。
謙介の目に映る素顔の楓香もまた、普段よりずっと子どもっぽく見えた。
「………」
顔が近づくと、2人の唇がまた触れる。
唇だけを柔らかく触れ合うだけのキス。
子どもがするようなそのキスに、楓香は安心して、そして切なくなる。
「ケンちゃんのキス…好き…」
「ん……」
謙介はまたそっと楓香の唇に自分の唇を合わせた。
楓香はかすれた声で言う。
「ずっとキスしたかったの…」
「もうこれからはお前の好きな時に、いつでもキスしていいよ、許す」
「ホントに?」
「ああ……じゃあ今度からキスする時は、いつもお前からして」
謙介は色気のある意地悪な目で楓香を見る。
「いつも?…ケンちゃんからも…して欲しいよ…」
楓香はまた謙介にからかわれているのが分かっていたが、それでもすねてしまう。
「じゃあオレも、オレのしたい時にいつでもしてもいいんだな?」
「うん…いいよ」
(ケンちゃんになら…)
楓香は謙介に抱きついた。
謙介も楓香に腕を回しギュっと抱きしめ返す。
「ケンちゃん…、キスしよ…」
昨晩から、唇が痛くなるほどキスしていた。
それでも2人はキスを繰り返す。
抱きしめあうと、着崩れやすい浴衣がはだけていく。
謙介は楓香の帯を解いた。
楓香の肌色が直線に開く。
その下の果て、薄い陰毛を割って謙介の指がそこへ触れた。
ヌチュッ――
楓香の亀裂の中、そこに溜めこんでいたような沢山の蜜が彼の指で音を立てる。
滑らせた真ん中にあるふくらみを、謙介は丸く擦る。
「あぁっ、あぁんっ……」
楓香の足がビクビクと震えた。
謙介から与えられる快感を、体中が待ち望んでいたかのような反応をしてしまう。
そんな楓香の姿に、謙介もたかぶってしまう。
触れるといつも体中が潤む楓香。
(可愛い……)
キスしながら指でそこを触ると、謙介の手まで汚すほど、楓香から溢れてくる。
(お前はオレのものだ…)
楓香の白い足を開き、謙介は腰を寄せる。
それだけで彼女は彼を飲み込んでいく。
元々そうであった形へはまるように、自然に繋がってしまう。
「あんっ…」
「楓香……」
謙介は楓香を抱いた。
試験休みが終わり、卒業まで1週間になった。
学園の空気はこの時期が一番緩やかで、全員の進路が決まっている3年生は気持ちも穏やかに残りの学園生活を過ごせるのだ。
「え…あの2人…」
学校までの通学路、昇降口、教室までの廊下。
彼らを目にした生徒たちは、2人から目が離せない。
それぞれが普通にしていても目立つのに、2ショットの存在感は抜けていた。
謙介が楓香の手をとって、蒼組に入って行く。
廊下で彼らを見かけた生徒たちは、口々に驚きの声をあげていた。
「左近くんが…あんな事するなんて、意外過ぎる…」
「って言うか、あの2人やっぱり付き合ってたんだ」
彼の行動に一番戸惑っていたのは、楓香だった。
謙介は楓香の前の席に座り、そのままカバンを置いた。
すぐに本来その席に座っている男子が登校してきて、謙介がそこに座っている事に驚く。
「押田、今日からオレと席変わってもらえる?」
謙介は彼の後ろの、楓香の座る席に肘をついたまま言った。
「べ、別にいいけど…」
有無を言わせない謙介の迫力に、押田は自分の荷物を持って謙介の席に座る。
この学園で堂々と謙介に逆らえる生徒はいない。
学力偏重主義を極めている、この蒼組の生徒にとっては尚更謙介の存在は別格だった。
「ケンちゃん……」
楓香は小声で言った。
「なんか、ケンちゃんらしくないよ…。いいの?こんな事して…」
楓香は恥ずかしかった。
朝からずっと注目されてきて、教室に入っている今も、廊下から見ている生徒までいた。
「いいだろ。高校生活なんてもう何日も無いんだから」
楓香の机に肘をついていた謙介は、そのまま楓香へと手を伸ばす。
そして楓香の髪を触った。
あからさまな謙介の態度に、楓香は思わず赤面してしまう。
そんな2人の姿を、教室にいる者たちは見てはいけないもののように視線をそらしながらも注視し、廊下からは教室に聞こえるほどの声が上がる。
(ち、近いよ…ケンちゃん…)
完全に固まっている楓香を見て、謙介は笑う。
「なんで目、そらしてんの」
「だって…、教室だし…近いし…」
楓香は思わず下を向く。
絶対にそんな事は無いだろうと思ったが、顔をあげたらキスされてしまうんじゃないかという気がした。
「何、あのラブラブ…!」
「『左近君』なのに、バカップルみたいじゃん」
「ヤダ、何かショック」
廊下の外野の声が教室にまで聞こえてくる。
楓香がチラリとそちらを見ると、慌てて女生徒たちが目をそらす。
それでも、教室には聞こえないように小声で噂を続けた。
「でもあの2人なら美しくない?絵になるよね~」
「うん!…写メ撮っちゃおうかなぁ」
「…ねえ、バカップルって言われてたけど」
恥ずかしすぎて、いたたまれなくなった楓香は言った。
「いいだろ、オレたちバカじゃないし。言わせとけ」
謙介は机に乗せていた楓香の手、指先を少し撫でた。
教室で謙介にそんな事をされて、楓香は逃げ出したくなる程動悸が激しくなっていた。
目の前の謙介の目つきは相変わらず色っぽいままで、先日の旅行で散々愛し合った時の事を嫌でも思いだしてしまう。
(うわー…、嬉しいけど恥ずかしいよ…おまけに絶対ケンちゃん、私が恥ずかしいって思ってるの分かっててやってるし…)
冷たい態度をとられるのも彼の意地悪なら、こういった真逆の態度も彼なりの意地悪なのだろう。
しかしその方向性は明らかに楓香の存在を認めるものであり、恥ずかしいながらもやはり楓香は嬉しくなる。
ほとんどの生徒が登校してきても、謙介の態度は変わらなかった。
教室に入って来た仲条が、大抵の生徒がそうだったように楓香と謙介を見て驚く。
(良かったね…、笹原さん)
幸せそうにしている2人に、仲条は自然と笑みがこぼれる。
(それにしても、何てお似合いの2人なんだろ…)
「主席コンビの破壊力、すごいな」
耀が2人を見下げて言った。
「すげえ、誰も声かけられないのに、松庭、行ったよ…」
「さすが松庭…」
教室の隅で男子たちがヒソヒソ話している。
「結局、謙介と上手くいったんじゃん」
悪びれずに、耀は楓香を見た。
「元気になって良かったな。少し前まで死にそうな顔してたのに」
「……耀」
楓香は複雑な気持ちだった。
キスされたあの時以来、耀と2人ではほとんど話をしていなかった。
「お前が楓香にちょっかい出すからだろ」
ハッキリと謙介は言ったが、怒っているわけではない。
周りの生徒達はこの会話に耳を立てつつ、聞いていないふりをしていた。
(左近君、『楓香』って呼んでるんだ…)
少し離れた席の仲条も、彼らの会話を聞いていた。
「もう出さないよ。謙介に殺されそうだもん」
耀は謙介を見てから、楓香の顔を改めてじっと見て、微笑む。
手を伸ばして楓香の肩を叩くと、もっと笑顔になって耀はその場を去った。
(あいつ…わざと楓香に触っていったな…)
謙介は呆れて、自分の席へ戻る耀をただ見ていた。
卒業式までの数日間、学校でも楓香はずっと謙介と一緒にいた。
謙介はわざと人前で楓香の髪や体を触った。
そしてその度に困る楓香を見て、謙介が楽しんでいるのは楓香にも分かった。
(でもこんな意地悪なら、いつされてもいい…)
楓香から手を伸ばしても、すぐ触れる距離にいる謙介。
(ケンちゃん、大好き…)
帰りも、謙介は楓香を送ってくれる。
これまでの毎日がこんな日々だったのなら、学園生活はもっと輝いてただろうと思うと、楓香は残念な気がした。
もう卒業は間近だった。
学園の壁づたいに植えてある桜の木も、蕾を赤く色づかせ始めている。
高校の校舎と大学の校舎は別の場所にあり、卒業するとここへ来る機会はめったに無い。
イスの並べられた体育館、既に在校生たちが着席していた。
卒業生たちもクラス別に分かれて座り、エリート集団である蒼組は、中央の最前列に配置される。
中でも主席だけは名簿順とは別に、蒼組最前列の角になる。
学年1位の謙介の隣には、同じく学年1位だった楓香の席があった。
「お前、手、震えてるの?」
入場し、着席した謙介が気付いて、楓香に言った。
いつもは派手にしている化粧も、今日はほとんど素顔に近いナチュラルメイクにしていた。
髪も長い部分は残したまま、耳のサイドから編み込んで、スッキリとした優等生風に仕上げている。今日のために髪の色も落としてきた。
「緊張しちゃって…」
楓香は本当に緊張していた。
謙介はそんな楓香を見て、フっと笑うと、目立たないように楓香の手に触れた。
(ケンちゃん……)
楓香はそっと人差し指と中指だけ、謙介の指に絡める。
「卒業式…、隣の席で嬉しい」
「うん……」
オレもだよ、という言葉を、謙介は飲み込む。
謙介の名前が一番に呼ばれ、卒業証書授与が始まる。
続いてすぐに楓香の名前が呼ばれる。
証書を受け取ってしまうと、あとは3年の生徒全員が終わるのを待つだけだ。
「楓香……」
謙介が、耳元で小さな声で言った。
「何?」
楓香は謙介を見る。
最近ずっと近くにいるのでだいぶこの距離にも慣れてきたが、それでも楓香は謙介のそばにいるとドキドキしてしまう。
「キスしていい…?」
「だ、ダメだよ……こんなところで」
慌てる楓香を見て、謙介は薄く笑う。
すぐ後ろの席の生徒たちが、2人のその様子を見ていた。
(またイチャついてるのかよ…)
(でも、2人揃って主席ってすごい…)
ハッキリと順位づけされた席に座ると、2人の存在感はまた際立っていた。
この特等席に2人というのは、学園の歴史の中でも初めてだと言う。
それが美男美女であるから、教師や父兄たちまで、楓香と謙介には一目置いてしまう。
在校生の送辞が終わる。
「卒業生答辞、卒業生代表……蒼組、笹原楓香」
楓香の名前が呼ばれると、会場がどよめく。
当然、謙介がするものだと、学園の生徒全員がそう思っていた。
楓香は震える手を抑え、堂々と檀上へ上がって行った。
「笹原さん!写真一緒に撮って!」
男子のみならず、女子からも楓香は声をかけられていた。
「はあ…みんなテンション高い…さすがに疲れてきたよ~…」
やっと愛美たちのところへ戻ってきた楓香が、ため息をつく。
「楓香が卒業生代表って、ビックリしちゃった」
「でしょ?私、学園に全然思い出なんて無いのに~」
そう言って楓香は笑う。
「その割には、泣いてたじゃん。楓香につられて泣いてた子、いっぱいいたよ。私もちょっと泣いちゃった」
陽菜は確かに泣いたようで、心なしか目がいつもより腫れていた。
「王子じゃなかったんだね、代表」
「ああ、ケンちゃんは大学の入学式の方で挨拶するのが決まってるみたい」
「なるほど~」
「いたいた、ボクらの女神!お願い!一緒に写真撮ろうよ!」
体育会組の集団が、楓香を引っ張っていく。
「何、女神って」
集団のテンションを見て、愛美が失笑する。
「あ~あ、何だかんだで、超人気者じゃんね、楓香」
「君たちも一緒に撮ろうよ!」
愛美と陽菜も体育会系男子たちに引っ張られた。
「ああ……」
陽菜が遠くを見る。
「あっちもすごい人気だね」
陽菜の視線の先には、大勢の女子に囲まれる謙介がいた。
男子たちに引っ張られた場所のすぐ横、体育館入口付近で、女子が謙介と写真を撮る順番待ちをしていた。
(うわ、ケンちゃん、すご…)
別格の人気ぶりに、楓香も驚いてしまう。
(ケンちゃん、こんなに人気があったんだ)
「はーい、こっち見て!撮るぜ!」
楓香たちを中心に、虹組の男子たちと集合写真を撮る。
その中に、陽菜の彼氏の勇人もいた。
「勇人くんいるじゃん!陽菜、写真撮ってあげるよ!」
勇人を捕まえて、愛美がスマホを構える。
「ヒュ~♪」
虹組の男子が、陽菜と勇人を見てひやかしている。
「楓香も撮ってあげるよ!」
謙介がすぐ近くにいる事に、愛美も気が付いていた。
「あんなに順番待ってる子がいるのに?」
さすがにあの女子の集団を見ると、楓香も気が引けた。
「いいじゃん、彼女なんだから!卒業なんだから~!」
愛美は強引に楓香を引っ張っていく。
「左近くん!こっち!先!」
順番待ちをしている女子を尻目に、堂々と愛美は謙介に近づいていく。
女の子たちはジロリと愛美を見たが、楓香の姿を見るとみな、引けてしまう。
2人が付き合っているのを知らない生徒はいない。
「先に写真撮らせてもらうよ!」
一応、愛美は女子たちに断る。
それに異を唱えるものはいない。
「ああ……もういい加減、愛想笑いに疲れてたとこ」
女子たちに聞こえない声で、謙介は楓香に言った。
ネクタイとブレザーの制服姿。
これを見る事がもう無いのかと思うと、やっぱり楓香は寂しくてたまらない。
「ケンちゃん…」
そばに行くと、ついもっと近くに行ってしまう。
そんな楓香の感じに気付いた謙介も、無意識に彼女の腰に手を回す。
ここ1週間、全く人目を気にせず、そんな事ばかり学内でしてきたのだ。
「撮影は一旦中断だから!また後にしてね!」
愛美が後ろの女子たちに言った。
順番待ちをしていた謙介のファンたちは、楓香に対する謙介の甘い態度に目が釘付けになる。
皆動かず、その場に立ったまま、謙介たちを見ていた。
そんな熱いギャラリーが見守る中、楓香の目には謙介しか入っていなかった。
「………」
色々な想いがこみ上げてきて、思わず涙がこぼれてしまう。
「泣き虫」
謙介は楓香の額に唇をつけて、言った。
「…ケンちゃんの、せいだから…」
そう言って顔を上げた楓香の大きな目に、涙が沢山溜まっている。
濡れた下睫毛を、謙介は指でなぞった。
「お前は、可愛いな…」
謙介は楓香の唇に、自分の唇を軽く合わせた。
「えっ…?」
周りの黄色い悲鳴が、潤んだ楓香の心からは遠くに聞こえる。
謙介は、笑った。
笑って楓香を抱きしめる。
シャッターの音と沢山の雑音の中、抱きしめあう2人は笑顔だった。
~言いなり学園・終わり~
(2015.11.10)
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