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言いなり学園
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1.楓香と謙介

「笹原楓香、あいつ、ああ見えてすごいよな」

1学期の中間テストの結果、上位50名が廊下に貼り出される。
この学園の、初夏の恒例行事だ。
―― 噂の笹原楓香は、200名中、12位。
彼女がなぜそこまで噂されるのかと言うと、楓香の風貌は、優等生のそれとはまったく違っていたからだ。
ひと言で言うと、派手。
進学校では珍しく、茶髪に染めた髪は学園内で一際目立っている。
彼女の顔は、ちょっとした芸能人レベルなら余裕で勝利できるほど、可憐。
スタイルも出るべきところが出て、細すぎない。まさに理想的な体。
そんな容姿でありながら、エリート養成学校と言われた蒼鳳学園で常にトップの順位を維持していた。

実力重視のこの学園では、実績のあるものに対して大目に見るという傾向がある。
楓香がどんなにマスカラを濃くつけようとも、スカート丈を短くしようとも、注意をされる事はまずない。
成績優秀者20名のみが振り分けられるクラス、蒼組に在籍していたからだ。
優等生揃いの蒼組の中では、楓香は極端に目立つ異質な存在だった。
蒼組では疎まれ、それ以外のクラスの者からは羨望の眼差しで見られていた。
常に誰かに注目される存在であったのだ。

「~♪」
鼻歌混じりに教室へ入る楓香。
できるだけ平静を装ったつもりだ。
2年の最後の学年末テストでの順位は9位。
(3位も下げちゃった…でも、蒼組に残れて良かった…)
楓香はドキドキしながら、教室の前方にいる男子生徒を見る。

左近謙介――― 彼がこの学年のトップ。

そして楓香の幼馴染でもあり、特別な存在でもある。


高級住宅地の一角。
左近家の裏口の鍵を渡されている楓香は、それを使って裏口のドアを開ける。
楓香がここから出入りしているのはしっかりと防犯カメラに撮られているのだが、表玄関をいちいち開けたり閉めたりするのが手間だからと、謙介から指示されているので問題は無い。
楓香は裏口から堂々と入り、いつものようにリビングへ寄る。
「おばさま、こんにちは」
左近家に来る時には、楓香はできるだけお嬢様風の装いをする事にしている。
「楓香ちゃん、いらっしゃい。また勉強?」
「テストの順位が下がってしまって…。本当に謙介くんにはお世話になります。これ、母が」
そう言って、菓子折りを謙介の母に手渡した。
「いいのよ、もう。しょっちゅう来てるんだから、うちは手ぶらで来てもらっても、楓香ちゃんなら大歓迎」
そして謙介の母は、笑顔になる。
「ありがとうございます、恐縮です」
楓香はペコリと頭を下げた。

謙介の母親は、息子の部屋へと行く楓香を見送る。
(楓香ちゃん、本当に可愛くなっちゃって…)
息子に友達が少ない事を心配していた。
頻繁に交流があるのは、小さい時から一緒で近所に住んでいる楓香ぐらいしかいない。
(楓香ちゃんが謙介の彼女にでもなってくれればね…)
いっそそうなってくれれば良いと思っていた。
普段の2人の様子からして、一緒に勉強はするものの、それほど仲が良いようには見えなかった。
(あの子にも、楓香ちゃんみたいな彼女がいれば、完璧なんだけど)
謙介は人当りが良いものの、人付き合いを極端に鬱陶しがる性格だった。
母親として、唯一、それだけが気がかりだった。


「ケンちゃん…、入っていい?」

楓香はおそるおそる、謙介の部屋のドアをノックする。
「入れ」
いつもの冷たい声。
勉強道具を入れたバッグを前に抱えて、楓香はそっと部屋に入った。
「座れば」
机に向かっていた謙介が、クルリとイスを回して楓香へと向きを変える。
謙介の隣のイス、家庭教師用でもあり、楓香が勉強を教えてもらう時に座るものでもあった。
黒い髪に眼鏡。
座っていても楓香の目線が上がるほど、謙介は背が高い。
愛想笑いをする時の彼の表情は素晴らしく、女子生徒の憧れの的だった。
普段黙っている時の姿も、クールで知的だと評判だ。
学園の女子で彼を知らない者はいなかった。

「お前、何なんだ。あの成績」
「ご…、ごめんなさい」
思わず楓香は肩をすくめた。
「2桁の順位なんて、オレの顔を潰す気か」
「ご、ごめんなさぁい…」
持っていたバッグを胸にギュっと抱く、その楓香の指先は震えていた。
「その言い方、それでお前は反省してるのか」
「してるよ~…。だからゴメンってば~…」
謙介はグっと、楓香をにらむ。
怯えた楓香はイスごと、謙介から少し離れる。
「ケンちゃんと違うんだから!これでも頑張ってるんだってば!」


「お仕置きが必要だな」

謙介が立ち上がると、楓香はさらにイスを引いて謙介から離れた。
それ以上下がると本棚に当たってしまう。

「お仕置きされたくて、順位下げたんじゃないだろうな」
謙介は楓香の足首を掴むと、イスごと自分の方へ引き寄せる。
「違うってば…、怒んないでよ~!」
ズルズルとイスごと引っ張られながら、楓香は落とされないようにイスの座面を懸命に掴んだ。
フッと、その瞬間、謙介の表情が崩れる。
普段は他人に見せる事はない、素の微笑だ。
(ケンちゃんは、ズルイよ…)
「お前、何でそんなに頭が悪いの?オレが教えてるのに、何でそんなにダメなの?」
キスできそうなぐらいの距離まで、謙介は楓香の顔に近づく。
「…………」
楓香が謙介にバカにされるのは、いつもの事だ。
その度に、楓香は自分がどうしようもないダメ人間のような気がした。
元々、勉学に才能を発揮できるタイプでは無い彼女なりに、毎回謙介についていこうとして精一杯やっているのだ。
「ヒドイよ…、ケンちゃん」
楓香は涙をこらえて、それでも声を振り絞った。
「泣けば」
謙介は冷たい目で楓香を見たまま、言い放つ。
「泣かないよ」
グっと涙をこらえて、楓香も謙介を睨み返す。
子どもの頃からそうだ。
いつも謙介に酷い事をされて、楓香はその度に泣いていた。
「へー、頭悪いくせに。お前なんて顔と体だけのくせに」
(ヒドイ…)
楓香は自分の容姿にコンプレックスを感じていた。
それと言うのも、小さい頃から謙介に『お前なんて顔と体だけ』というのをずっと擦りこまれていたせいだ。

「うぅっ…」

楓香の大きな瞳から、ボトリと涙が落ちた。
頬に伝う涙を、謙介が舌で舐め上げる。

楓香は目を閉じた。
謙介には、逆らえないのだ。

 

   

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