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西暦が1万年でリセットされ、暦は光歴へと変わった。 今は光歴2000年。西暦で言うと1万2000年になる。 西暦2000年に変わるときは、2000年問題が起こったというがそんな事が実際にあったということが信じられない。最近ではニュースで当時の映像をよく見かける。技術の進歩によって、当時の映像は鮮明で、画面に流れる人々の様子はつい昨日のようだ。流行は周期的に繰り返され、今はその頃の時代のトレンドに近いような気がする。これがとても1万年も前だとは思えない。 何度かの戦争が起こり、一度自然は破壊され尽くされた。しかし環境問題が抜本的に見直された時代があり、今はどうかというとかなり昔に近付いたのではないかと思う。街には緑が溢れ、人々は平穏に暮らしていた。 18歳になると独立する、というのが今の常識だ。 僕も家を離れ、マンションにこの春から移り住んだ。 自然風の木目調のインテリアが今は大流行していたが、それが逆に不自然なような気がして僕は自分の部屋を白とグレーで無機質な感じで統一した。 引越しもだいぶ落ち着いたある朝、入り口の付近にある転送ボックスに大きな荷物が入っていた。 大きさの割には軽い。 厳重な梱包を開けると、中には人が入っていた。 人だと思ったその姿は、機械で、製造番号P-2080と入っていた。 ボックスに添付されていたシールを触ると、親父からのメッセージが流れる。 『身の回りを世話をするロボットを送る。何かと役立つだろう』 淡々としたオヤジの声。 ロボットに付いていたタグを外すと、折りたたまれていたそれは自動的に起き上がり、立ち上がった。 白いフリルの付いたブラウスに、上質そうな白いエプロンドレスを重ね着している彼女の肌は、人間以上に健康そうな色をしていた。 頬はかすかにピンク色で、色素の薄い瞳は潤んで瑞々しかった。これが機械だなんて、ぱっと見とても信じられなかった。 全身白い服を着ているので看護婦を連想させた。看護婦とメイドの間、といった感じか。これは親父の趣味だな、と思うと苦笑いしてしまった。そして僕は親父と趣味が似ている。 「名前を、付けてください」 人間にしか見えないロボットは、無機質な声で言った。 「そうだな…」 僕はちょっと考えて、卯月と付けることにした。 最近は昔っぽい単語が流行っていたし、4月だったからだ。 「よろしくお願いいたします。ご主人さま」 そう言って卯月はほんの少し微笑んだ。 こうして僕とロボットの二人生活が始まった。 実際、卯月と暮らす毎日は快適だった。 食事や洗濯、身の回りのことは全て卯月がやってくれる。 僕は本当に自分のやりたいことだけできる生活だった。 人間と生活しているというよりも、心地よいパートナーと一緒にいるという感じだった。 卯月の仕事ぶりは完璧だった。 彼女は僕の体温や心拍数やなどを感じて、僕にとって最適な行動を学習できるようにプログラムされていた。だから決して僕を不快にさせず、またあったとしてもそれが繰り返されることはなかった。 機械的だった振る舞いも、僕に合わせて次第に自然になっていく。 そして僕が喜ぶように、少しずつだが形まで変わっていった。 その変化は毎日一緒にいる僕にはよく分からなかったが、ふと気がつくと卯月があまりに自分好みになっていて驚いた。それも、見た目も行動もだ。 「ご主人さま、お飲み物をお持ちいたしましょうか?」 リビングで友人にメールをしていた僕に、卯月は言った。 「あ、お願いするよ」 僕は卯月に答えた。 ちょうど喉が渇いてきた頃だ。どうして卯月は分かるんだろう? 自分の体のどこまで感知されているのか、時々疑問に思う事がある。 きっと卯月の中には僕のデータが詳細に取り込まれていているんだろう。 そう思うとメイドロボットである卯月が、僕の体の一部であるような気さえしてくる。 「卯月って、普段何を考えてる?」 僕は卯月をリビングのソファーに一緒に座らせて、話を始めた。 「思考はほとんどありません」 僕をがっかりさせるような答えが、美しい口から零れる。 卯月が僕のために入れてくれたアイスティーは、濃さもブレンド加減も僕好みだった。 落胆した僕をすぐに察知して、卯月が言葉を続ける。 「…感じる、と言った方が近いでしょうか」 少し俯いてから僕を見つめる。 こんな仕草も学習の賜物なのだ。 「感じる…か…。人間と違うし、どんな風に感じるんだろうな」 僕は素朴に言った。 「私もご主人さまがどのようにお感じになるのか、よく分かりません」 以前、僕らをまとめて、卯月は『ヒト』と言った事がある。 それに僕はひどく嫌悪を感じた。勿論そんな変化を卯月は察知し、『ヒト』という言葉を使う事はそれからはない。そして僕も卯月を『ロボット』と言うことはなかった。 卯月は絶対的に論理立っていて、行動も完璧で隙がない。 そんな彼女に僕が望むことがあるとしたら、それは「駄目」な部分だ。 しかし卯月はそんな僕の考えまで分からないから、常に完璧を続ける。 もしもそれを要求したなら、卯月はどういった行動に出るのだろう。 僕の予想では、彼女にはそれは無理だ。 秋になったある日、僕は友人とちょっとしたことで言い争いになってしまい、ひどく落ち込んで帰宅した。 「どうかされましたか?」 卯月は心配そうな表情で僕に寄る。 「……」 食事をしながら、僕は卯月に今日あった事をポツポツと話した。 卯月の前では、何も隠す必要はなかった。 自分の心のありのままを、話すことができた。 そして卯月は冷静に、僕の言うことに的確な答えをくれる。 それが最善であるかは別にして。 「ご主人様は、そのご友人の事が大切なのですね」 卯月は優しく微笑みながら言った。 「大切……。…そうだな…」 僕の言葉の中から、卯月の出した結論の一つがこれだったが、僕は何だか気恥ずかしい気持ちで一杯になった。 卯月と話をしていると、自分の中での迷いが次第に消えていく。 考え方が論理的になっていくのだ。 そして僕はそれに勇気付けられる。 「少し、元気になられましたね」 卯月はにっこりして言う。 美しい。 何もかも僕好みの隙のない振る舞い。 どうして今までそれを思わなかったのか不思議だったが、僕は卯月に欲情していた。 「卯月…」 僕は卯月を抱き寄せた。その軽さで、ロボットだという事を思い出す。 卯月を見る。 その瞳は相変わらず潤んでいて、僕を求めているような錯覚を起こす。 僕は自然に卯月の唇に自分の唇を重ねた。 卯月とキスする、という行為。 まるで本当の人間としているみたいだった。 機械的な反応を予想して、今まで彼女には触れてこなかったような気がする。 しかし実際に腕にした卯月は、僕の想像を遥かに越えてリアルに応えてくる。 卯月の舌、これが人工物だとは思えなかった。 それは少し熱いぐらいの体温を持ち、僕の唇や舌にまとわりついてくる。 「脱いで…卯月」 卯月は僕を見て、ゆっくり頷く。 少女のようなその反応。 僕は正直言って卯月の裸を見るのが怖かった。 人間のように接しているのに、体が機械だったら…と考えると色々な意味で萎えそうだったからだ。 白いエプロンドレスを脱いで、ブラウスも落とした。 卯月はちゃんと下着を着けていた。それも上質な白いレースの上下。 その小さな布で包まれた中身は、どうなっているんだろう。 本能的な欲情と、好奇心とで、僕は緊張した。 「これも、取りましょうか…?」 僕の考えを読んでいるかのように、卯月が言う。 僕は黙って頷いた。 卯月の裸。 いい意味で想像を裏切られてしまう。 卯月の動作が完璧であるように、彼女の肉体もまた、完璧だった。 適度な膨らみを持つ乳房に、リアルにくびれた腰。 そのラインから脚にかけての丸みは、僕の理想そのものだった。 「卯月…」 ガマンなんてできるわけなかった。 今日だって明日だって、この家では僕は卯月と二人きりなんだ。 卯月をソファーに座らせて、脚を開かせる。 卯月のその場所。 きちんと陰毛が生えていて、整い過ぎた美しい形の性器。 僕はそこに触れてみる。 ちゃんと柔らかくて、そして暖かい。 「ご主人さま……。指を、…入れてください」 卯月が言った。 M字に開いた脚の間、すぐにそこと分かる場所に、僕は指を入れていく。 彼女の中はヌルヌルしていて、指を少し引くとトロっとした液体が出てくる。 「どうして、…こうなるんだ?」 僕は思わず言ってしまった。 「そう、…なるように、…できているんです…」 僕は彼女に刺した指を、そっと上下に動かした。 美しい裸の卯月。 僕の指を伝って、愛液のようなものが零れてくる。 彼女の顔を見た。 僕の指の動きに合わせて、眉間に皺がよる。 卯月が言うように、元々こういう行為ができるように創られていたのかもしれない。もしかしたらそういった目的のために、開発された体なのかもしれない。 卯月は感じているように見える。この反応、…それも全て計算されて作られたものなんだろう。 しかし今は考えたくなかった。 僕の目の前にいるのは、卯月で。 ただ、僕にとっての彼女は、「卯月」以外の何物でもない。 僕は卯月に言った。 「…いいのか…?」 卯月は優しく潤みながら、ただ頷いた。 彼女の中は、熱くて、 僕はあっという間に連れていかれてしまう。 中で果てた僕を卯月は受けとめて、そして僕はまた復活する。 何度も卯月を突いた。 彼女に際限がないように、僕もキリがなかった。 何度でも、卯月を求めてしまう。 僕の動きに合わせて揺れる柔らかい乳房。 彼女の中は複雑な作りになっていて、感じたこともないような快感を僕に与えてくる。 「ご主人さま…」 そう言って僕の唇を求めてくる卯月。 彼女の顔には汗が光っていたが、それは僕が落としたものだ。 「凄いよ……。卯月…」 抱いた感触も、見つめ返してくる瞳も…、 卯月は僕だけの女だと、…そう思わずにはいられなかった。 月明かりが窓から漏れてくる。満月だった。 彼女の肩のライン、艶々と美しく光を反射する。 「一緒に、眠ってくれるか?」 卯月が眠るのかどうかは知らなかったが、僕は今夜は一緒にいたかった。 「はい…ご主人さま」 横にいる卯月に、僕は手を伸ばす。 「ハル、…って呼んでくれるか」 卯月は僕の腕に、そっと手を重ねた。 「はい……。ハル様」 しっとりとした卯月の指先。 それがツクリモノであるなんて、思えなくなってくる。 僕は思い切って聞いてみた。 「卯月……。君に心はあるのか」 卯月は僕に手を乗せたまま、少し微笑んで答える。 「私には、心という意味がよく分かりません」 僕はなかなか眠れなかった。 卯月の寝顔を初めて見る。 眠っているのか、ただ目を閉じているだけなのかは分からなかった。 だけど、卯月は確かに生きているという感じがした。 目覚めた朝には、もう卯月は僕のベッドにはいなかった。 また毎日が始まる。 卯月に僕のことを名前で呼ばせるようになってから、僕は卯月を抱かなかった。 しかしその後何度か、僕は自分の欲望を卯月に口で処理させた。 彼女は素晴らしくそれが上手く、僕は肉体的に満足し、そして精神的に落ち込んだ。 「ハル様」 僕の名を呼び、献身的に側にいてくれる卯月。 僕は倒錯した想いを体の奥へ封じ込める。 出会って1年経った頃には、僕はもう自分の欲望を卯月で処理することはなかった。 4月生まれの僕も、春には19になった。 今日の出来事を卯月に話し、そして彼女は頷き耳を傾け、親身になって答えてくれる。 食事を作ってくれて、掃除をしてくれて、僕の身の回りの世話をしてくれる。 彼女の中に、一体どれだけの僕のデータが貯まったのだろう。 彼女の中で、それは変化するのだろうか。 そして更に季節が過ぎ、また春を迎えた。 僕は日常生活の中で『恋人』という立場の女性ができ、ある日自宅へ招いた。 「いらっしゃいませ」 卯月は僕の『恋人』を見て丁寧に挨拶する。 メイドロボットが家にいるのは一般的なことで、僕の『恋人』も卯月を見ても普通に対応していた。 「どうぞごゆっくりと。何かありましたら何なりとお呼びくださいませ」 卯月はそう言って、彼女の部屋へ引っ込む。 夕方になり、卯月が二人分作った食事を、『恋人』とともに食べる。 「素晴らしいメイドさんね」 『恋人』はそう言って卯月を称えた。 侮蔑の意味を含めないように、僕の『恋人』は卯月を『ロボット』とは言わなかった。 ―――――別れは突然来た。 僕の『恋人』が家に来た次の日の朝、卯月は部屋から出てこなかった。 心配して部屋に見に入ると、卯月は固まったまま動かなかった。 呼びかけても反応がない。 僕は大慌てで、彼女の製造メーカーへ連絡をした。 「プログラムが壊れましたね。入れ替えの手配をしましょうか」 あっさりと業者が言った。 「入れ替えって…な、直せないんですか?」 僕は焦って言った。 「あいにくなんですが、もう復旧できません」 業者のその対応にも少し頭にきながら、僕は半分怒鳴って答えた。 「壊れたって…。昨日までは動いていたんですよ!どうして…」 僕の言葉を遮って、業者は淡々と言った。 「感情が生まれると、破壊されるようプログラムしてあるんです」 「………」 僕は言い返せなかった。業者は言葉を続けた。 「危険ですからね」 業者は、一通りの説明をして帰っていった。 フォーマットしたプログラムの交換は、すぐに出来ると言った。 「私には、心という意味がよく分かりません」 僕は卯月の言葉を思い出す。 目の前に置かれた卯月を見つめる。 顔色も皮膚の色も、昨日までのままで何も変わっていない。 ただ、動かないだけで。 外見が同じでも、卯月は僕にとってあの彼女一人だ。 僕は彼女にキスした。 今にもあの潤んだ瞳を開いて、美しい唇を動かして「ハル様」と答えてくれそうだった。 卯月を抱き寄せる。驚くほど軽い。 彼女を抱いたのはあの一夜だけだった。 この軽さが、僕が彼女を抱けなくなった理由かもしれない。 いつまでも彼女を抱きしめたまま、僕は泣いた。 ~「ロボッツ」~ 終わり |
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